『The Architect Finn Juhl』は、フィン・ユールの生涯と業績に焦点を当てた伝記であり、エスビョルン・ヒョルトによって執筆され、1990年にデンマーク建築出版社から刊行されました。この書籍は、フィン・ユールの家具、建築、応用美術という多岐にわたる創作活動を網羅的に紹介しています。
フィン・ユールは、建築家としての正式な訓練を受けていますが、彼自身は主に家具デザイナーであると考えていました。特に家具デザインにおいては、彼はほぼ独学であり、そのアプローチは、彫刻家やモダンアートからの強い影響を受けた、非常に個人的で芸術的なものでした。彼は従来のキャビネットメーカーの手法から意図的に脱却し、形式にとらわれない自由な表現を追求しました。本書では、「チーフテンチェア」、ベイカー・ファニチャー、ボヴィルケ、フランス&セン などのために彼がデザインした家具が具体例として挙げられており、彼の作品が現在、世界中の美術館や個人宅に所蔵されていることが述べられています。彼の家具は、当初は論争を巻き起こしましたが、すぐに広く認識されるようになりました。
フィン・ユールは、家具デザインだけでなく、多くのインテリアデザインプロジェクトも手がけています。彼はコペンハーゲンのビング&グレンダール店の最初のインテリアデザインを担当し、ニューヨークの国連本部にある信託統治理事会会議場、トロンハイムの「インテリア52」展示室、SASの航空券販売所、ヴィルヘルム・ハンセン店、ホテル・リッチモンド・レストラン などの空間デザインを行いました。特に国連本部の信託統治理事会会議場は、彼の代表的な仕事の一つとして詳細に紹介され、そのデザインは高く評価されています。
また、建築家としてのフィン・ユールの側面も重要です。彼は自身が住むクラーツヴェンゲの家を設計したほか、ヴィラ・オーベルティン、アッセロのサマーハウス、ラゲレジェのサマーハウス、そしてクレルンドの二つの家 などの住宅を設計しました。彼の建築設計は、ファサードよりも平面計画と部屋の配置を重視する傾向があり、屋内空間と屋外の景色や光とのバランスを考慮した、快適な空間づくりを目指しています。自身の家は、暗い背景色と白い壁のコントラストや、シンプルな形状の中に複雑なディテールを取り入れている点など、彼のスタイルの特徴をよく示しています。
応用美術の分野でも、フィン・ユールは様々な試みを行っています。ビング&グレンダールのために磁器デザインを手がけましたが、これは工場での生産に適さなかったため実現しませんでした。また、ゲオルク・イェンゼンのための銀器 や、ヴェニーニガラス工房のためのガラスデザイン(1969年、製造されず)、そしてラグのデザイン なども行いました。これらの作品は、彼が幅広い素材と技法に関心を持っていたことを示しています。
フィン・ユールは、自身の作品を国内外で発表するために、多くの展示会に深く関わりました。彼はキャビネットメーカーズギルドの年次展示会に定期的に出品し、ゲオルク・イェンゼンの記念展示会、コペンハーゲンの「未来の家」展、ニューヨークの「デンマークの芸術」展、ロンドンの「デンマークデザインの二世紀」展 などを手がけました。彼は単に作品を出品するだけでなく、展示空間自体のデザインにおいても優れた手腕を発揮し、展示建築家としても評価されました。
本書は、フィン・ユールの作品が、当初は伝統的なデザイン観を持つ人々から批判されることもありましたが、彼の独自のスタイルが徐々に受け入れられ、国際的な名声を得るに至った過程を描いています。彼のデザインは、特にアメリカで高く評価され、デンマークデザインの国際的な評価確立に貢献しました。個人の側面としては、彼は1912年に生まれ、後に音楽出版社のハンネ・ヴィルヘルムと結婚し、音楽への深い愛情を持ち、多くのコンサートに足を運んだことが記されています。彼は広く旅をすることで見識を広げ、コスモポリタンで貴族的な性格であったと評されています。
総じて、この書籍は、フィン・ユールというユニークなデザイナーが、家具、建築、応用美術の分野でいかに独自の地位を確立し、デンマークデザインの歴史に大きな影響を与えたかを、彼の主なプロジェクトや作品、そして生涯を辿ることで専門的に掘り下げた内容となっています。
About
Author
Esbjørn Hjort
Publisher
Arkitektens Forlag
Size
30.6 x 24.6 cm (144ページ)
Review
フィン・ユールという名前を聞いて、彼の優美で彫刻的な家具デザインを思い浮かべる方は多いでしょう。エスビョルン・ヒョルトが手掛けた本書『The Architect Finn Juhl』は、単なるデザイン作品集ではありません。建築家としての正式な訓練を受けながらも、主に家具デザイナーとして活躍したフィン・ユールの、その多岐にわたる創造的な生涯と業績を網羅的に探る一冊です。
本書の魅力は、彼の代名詞ともいえる「チーフテンチェア」をはじめとする革新的な家具デザイン に深く迫るだけでなく、彼が手掛けた数々の素晴らしいインテリアプロジェクト、例えばニューヨーク国連本部の信託統治理事会会議場のような国際的に名高い仕事 や、コペンハーゲンのビング&グレンダール店 のような空間デザインにも焦点を当てている点です。さらに、自身が設計したクラトヴェンゲットの自邸 をはじめとする建築作品 や、磁器、銀器、ガラスなどの応用美術、そして展示会デザイン に至るまで、フィン・ユールの尽きることのない創作意欲とその軌跡が詳細に追われています。
彼のデザインは、当初は伝統的な考えを持つ人々から批判されることもありましたが、その彫刻的で芸術的なアプローチは次第に広く受け入れられ、特にアメリカで高く評価されることで、デンマークデザインの国際的な名声を確立する上で重要な役割を果たしました。本書は、豊富な図版と共に、彼の独自のスタイルがいかに生まれ、どのように発展していったのかを、具体的な作品やプロジェクトを通して明らかにします。
この本を読むことは、単に著名なデザイナーの作品を知るだけでなく、フィン・ユールというユニークな人物の思考と感性に触れる旅となるでしょう。デザイン、建築、アートに少しでも関心のある方、デンマークデザインの豊かな歴史を知りたい方にとって、彼の唯一無二の世界観と、それがどのように形となり、時代を超えて影響を与え続けているのかを深く理解するための、必携の一冊と言えるでしょう。