AP Stolen(APストーレン)とは
張りの技術を駆使して、ハンス・ウェグナーの家具を製造する
AP-Stolen(APストーレン)は1951~1977年頃までHans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)のデザインした張りぐるみのチェアを多く生み出しました。現在では廃業をしています。フレームはKvetny(クヴェトニー)やPP mobler(PPモブラー)など下請けに発注し、張りはAP Stolenにて製作されていました。張りの技術は高く、ベアチェアなど張りの難しい家具を多く生み出しました。デンマーク・モダニズムの黄金時代に生まれた革新的な家具デザインは、世界的に評価されています。その中でも、APストーレンは単なる家具製造業者にとどまらず、デンマークの美学と品質基準を確立する重要な役割を果たしました。
創業者アンカー・ピーターセンのビジョン
APストーレンは、コペンハーゲンで家具店を営んでいたアンカー・ピーターセンによって設立されました。1940年代後半から1950年代にかけてAPストーレンは本格的に張り家具の製造に特化し、デンマークの名だたるデザイナーと協業することでその名を広めました。ピーターセンは、ウェグナーの厳格な品質基準をクリアするために、熟練した職人技を提供しました。この信頼関係が、APストーレンをデンマークモダンの象徴的な存在にした要因です。
ハンス・ウェグナーとAPストーレンとの関係
ウェグナーは、デンマーク・モダン運動の重要な人物であり、数百点以上の椅子をデザインしました。彼のデザインは、快適さと美しさを追求し、特に人間工学に配慮した設計が特徴です。ウェグナーとAPストーレンの協業は、1950年代に本格化しました。このパートナーシップによって、ウェグナーのデザインが実現され、APストーレンはその製造拠点として重要な役割を果たしました。特にパパベアチェア(AP19)の誕生は、この協業を象徴する一大事件となりました。ウェグナーは、椅子のミニチュアモデルを作り、快適さと機能性を追求しました。パパベアチェアは、宙に浮いているかのような片持ち梁のアームレストと、自然素材を活かした張り地が特徴です。
職人技の芸術:APストーレンの張りの品質
APストーレンの家具は、高品質な素材と熟練した職人技に基づいて製造され、デンマーク・モダニズムの精神を体現しました。特に天然素材(木材、ウール、リネン、綿、馬毛など)の使用にこだわり、デザインの美しさだけでなく、耐久性にも優れた製品が作られました。その製品群は、単なる美術品ではなく、日常使用に耐える実用性を兼ね備えていました。特に、張り作業の工程では、1脚あたりに数週間を要するほどの精緻な作業が行われ、その結果、APストーレンの家具は非常に高い評価を受けました。APストーレンは1977年に閉鎖されましたが、ウェグナーのデザインはその後もPPモブラーによって製造され続け、特にパパベアチェアは今なお高い評価を受けています。2003年以降、PPモブラーはウェグナーのオリジナル手法を忠実に再現し、パパベアチェアを作り続けています。APストーレンの閉鎖後も、その製品群と職人技は世界中で評価され、特にオークションでは高値で取引されています。これらの家具は、「一生ものの投資」として今もなお愛され、その優れた品質とデザインの永続的な価値を証明しています。
概要
Year
19??-1974
President
Anker Pertersen(アンカー・ペーターセン)
Place
Herlev(へレフ)
Designer
Hans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)
AP Stolen(APストーレン)の歴史
APストーレンは、コペンハーゲンで家具店を営んでいたアンカー・ピーターセンによって設立されました。1940年代後半から1950年代にかけてAPストーレンは本格的に張り家具の製造に特化し、ウェグナーをはじめとしたデンマークの名だたるデザイナーと協業することでその名を広めました。ピーターセンは、ウェグナーの厳格な品質基準をクリアするために、熟練した職人技を提供しました。この信頼関係が、APストーレンをデンマークモダンの象徴的な存在にした要因です。
年表
19??
Anker Pertersen(アンカー・ペーターセン)により、小さな椅子張り工房として創業する。
1951

Carl Hansen & Son(カール・ハンセン&サン)とAndreas Tuck(アンドレアス・ツック)、GETAMA(ゲタマ)、Ry Mobler(ロユモブラー)とともにもウェグナーのデザインする量産家具の生産に着手し、共同の営業活動を行う。それぞれのメーカーはサイドボードやソファなど得意分野が分かれていたがAP Stolenはウェグナーのデザインするソファやイージーチェアなどの張りぐるみのソファを手掛けた。
Easy Chair. AP15、Easy Chair.AP-16(PP-16)、Sofa. AP-18S、Bear Chair. AP-19(PP-19)を発表する。
1952
1953
AP-26を発表する。PPモブラーにBear Chair. AP-19のフレーム下請けの依頼を始める。
1954
1956
Sofa. AP-33S を発表する。
1957
1958
1962
1965
1969
サレスコでのウェグナーとの協力関係がなくなってしまう。ウェグナーはすでに生産されていた家具の継続は許可したものの、新しいデザインが提供をされることはなくなる。
1974
廃業する。
AP Stolen(APストーレン)の証明と見分け方

刻印の有無
APストーレンは1944年に設立された、デンマークモダンデザインの黎明期に活動を開始した比較的新しい家具メーカーです。1950年代においては、すでに確立されていた他の老舗メーカーと比較して、まだ市場での地位が確立しておらず、販売網や小売業者との関係構築を最優先にする必要がありました。そのような背景から、APストーレンは自社の刻印を家具に積極的に施すというよりも、流通を円滑に進めるために小売業者側の刻印に道を譲るという戦略をとっていたと考えられます。
当時のデンマーク家具業界では、刻印の有無やその管理は製造者ではなく小売業者に委ねられることが一般的でした。小売業者は単なる販売窓口ではなく、消費者との接点を持つ「ブランドの顔」として機能しており、家具に自らの名義を刻印して販売することが通例となっていました。メーカーは職人技と品質に集中し、刻印やブランディングの主導権は小売業者が担うという、分業体制が存在していたのです。そのため、APストーレン製の家具であっても、刻印がない、あるいは小売業者の刻印があるだけという事例は珍しくありません。
さらに、1959年に導入された「デンマーク家具メーカー品質管理(Danish Furnituremakers’ Control)」以前は、そもそも統一的な真正性認証の制度は存在していませんでした。このラベルは1959年以降の作品に付与されるものであり、それ以前の家具には刻印がないのがむしろ自然です。APストーレンの主要な製造時期がこのラベル導入前に集中しているため、同社の家具に刻印が見られないことは、歴史的に妥当であり、真正性を否定する要因にはなりません。また当時用いられていた簡易的なスタンプは、経年劣化によって失われている可能性もあります。
このような事情から、ヴィンテージ家具における真正性の判断は、単に刻印の有無を確認するだけでは不十分です。むしろ、木部構造や仕上げ、張りの技術、デザインのディテールなど、作品自体に備わった物理的特徴を読み解く「オブジェクトの鑑定力」が求められます。刻印という外面的な証拠に頼るだけではなく、素材や加工、当時の製造背景と照らし合わせて真贋を判断することが必要となります。
見分け方
刻印が入っている場合にはAP Stolenの作品であると見分ける一つの指標になるでしょう。またDanish Furnituremakers’ Controlのプレートや製造番号が記載されている場合もあります。ただいずれも偽造をすることも可能です。刻印の有無にかかわらず、真正性を判断するには、家具そのものに現れる職人技、素材、デザイン的特徴、そして歴史的情報を複合的に読み解く必要があります。
職人技に現れるディテール
真正なデンマークモダン家具は、優れた職人の手仕事によって形づくられています。例えば、接合部には機械的な処理ではなく、正確な「蟻継ぎ」や「フィンガージョイント」といった伝統的な木工技法が用いられているはずです。木部の表面は、滑らかで自然な光沢を放つオイル仕上げが施され、粗雑な合成コーティングや不均一な着色は見られません。構造全体は堅牢かつ丁寧に組まれ、目に見えるネジや釘、過剰な接着剤が使われていないことも特徴です。こうしたディテールの積み重ねが、ウェグナーが信念とした「長く使える家具」という思想を体現しています。
高品質な素材の使用
素材の選定もまた、真正性を示す重要な鍵となります。APストーレンを含む当時のデンマーク家具は、チーク、オーク、ウォールナット、ローズウッドなど、耐久性と美観を兼ね備えた広葉樹を使用していました。多くの作品は無垢材構造であり、化粧板が使われている場合でも、安価な素材を隠すためではなく、意図的かつ美的な目的で施されています。張りぐるみのチェアにおいては、パーム繊維、コイルばね、馬の毛、綿など、天然素材による伝統的な詰め物が使われていることも見逃せません。とくに1950年代の初期作品では、合成ウレタンなどの人工素材が使われていないことが、品質の高さを裏付ける指標となります。
デザインへの深い理解
デザインそのものにも、真贋を見極める鍵が潜んでいます。APストーレンが製作を担ったハンス・J・ウェグナーの作品は、クリーンなラインと有機的なフォルム、そして木材そのものの美しさを活かした設計が特徴です。視覚的に軽やかな印象を与えるテーパー状の脚や、全体に流れるような一体感あるプロポーションなど、機能と造形美が高度に融合しています。真正性を確認するためには、当該作品を過去のカタログや美術館アーカイブの図版と照らし合わせることが不可欠です。微細な曲線の処理や寸法のバランスなど、わずかな違いがオリジナルを見分けるヒントとなることもあります。
来歴の確認
物理的な検査に加えた文献的・歴史的な裏付けです。作品の真贋を判断するうえで、APストーレンやウェグナーの製造期間、使用素材、典型的な仕様について十分に理解することが求められます。ヴィンテージカタログ、オークション記録、専門書、美術館のアーカイブなどの資料を活用することで、正確な知識を持ったうえでの検証が可能になります。また家具の来歴についても確認することで過去の所有者や販売履歴、輸入経路などを知ることで、作品の信頼性を高める重要な手がかりが得られます。
APストーレンの価値と魅力
APストーレンは、アンカー・ピーターセンの先見的なビジョンと卓越した職人技によって、デンマーク・モダニズムにおける張り家具の芸術を極めました。ウェグナーとの協業を通じて、その名を世界に広めたAPストーレンは、家具デザインにおける不朽の象徴です。その作品群は、時代を超えたデザインとして今日も高く評価されており、特に「パパベアチェア」などの象徴的なデザインは、デンマーク・モダンの永遠の遺産を象徴しています。APストーレンの家具は、ただの装飾品ではなく、快適さ、機能性、そして比類ない職人技の融合を提供し、現代においてもその魅力を失うことなく生き続けています。
参考文献:Carl Hansen & Son 100 years of craftsmanship