ウェグナーとオーフス市庁舎の関係性
1941年に竣工したオーフス市庁舎は、アルネ・ヤコブセンとエリク・ミュラーによって設計されたモダニズム建築の象徴的存在です。デンマーク第二の都市にふさわしい行政建築として構想されたこの市庁舎は、建築、家具、照明、グラフィックに至るまで、全体が一つの統一されたビジョンのもとで設計された”建築の総合芸術(Gesamtkunstwerk)”と呼ぶにふさわしい空間です。その内部設計の中心を担ったのが、当時まだ若手であったハンス・J・ウェグナーでした。ウェグナーはこのプロジェクトで会議用椅子やベンチ、モジュール式オフィス家具など、空間と調和する多数の家具を手がけ、自身のキャリアにおいて重要な転機を迎えました。
ウェグナーが設計した主な家具とその特徴
ウェグナーはオーフス市庁舎のために、空間の用途やスケール、素材との対話を重視しながら、会議室用の椅子から公共スペースのベンチ、案内カウンターや廊下に設置される小型什器に至るまで、極めて多岐にわたる家具を設計しました。全体の設計意図と素材感が綿密に連携しており、建築空間との統合性を高めています。
ウェグナーはオーフスでの仕事についてこのように述べています。「市庁舎の家具のスケッチはすべて私が描きました。もちろん、建物の責任者で、おそらくアイデアも出してくれたエリック・モラーとアイデアについて話し合いました。3人の男性と監督者しかいないので、非常に緊密に連携して作業することになります。市庁舎の家具のデザインは彼らのものです。現場にいたことで、本当に多くのことを学びました。」
実際にはありとあらゆる家具やそれ以外の什器や照明もをデザインしたと思われますが、法的には、アルネ・ヤコブセンとエリック・メラーがオーフス市庁舎のために製作されたすべての家具の知的財産権を保持しており、ハンス・ウェグナーの貢献の範囲は依然として不明な点も多く残ります。

メインホール
メインホールには、ウェグナーがデザインしたチェアが複数配置されており、来訪者の滞在や結婚式などのイベントのために設計されています。直線と曲線をバランスよく融合させた構造は、ホールの明快な建築的構成と響き合い、公共空間としての落ち着きと格式を演出しています。木部にはブナ材が使用され、耐久性と温かみを兼ね備えた仕上がりとなっています。

結婚式場の待合室
結婚式場の前室や待合室にもウェグナーによる椅子やベンチが設けられており、来訪者が静かに佇むにふさわしい、控えめでありながら品格のあるデザインが採用されています。家具のサイズや素材感も空間の静謐さとよく調和しています。

会議室
市議会議場に設置された会議用椅子は、建築の厳格な直線性と柔らかく人間的な要素を繋ぐ役割を果たしています。ヤコブセンの設計した空間に調和するよう細部まで配慮されたこの椅子は、後のウェグナー作品にも通じる構造美を先取りしています。

玄関ホール
玄関ホールには、空間のスケール感と響き合うように設計された木製ベンチが設置されており、訪問者を迎え入れる場としての役割を果たしています。シンプルで柔らかなカーブを描く構造は、公共施設にふさわしい品位と機能性を備えています。

廊下
2階階段付近の廊下に設置された三人掛けのベンチは、ブナ材フレームに明るいベージュのベルベットを張った仕様で、背もたれ中央にはオーフス市の紋章が刺繍されています。このベンチは、空間の節目をやさしく演出しつつ、静けさと気品を湛えた公共家具として存在感を放っています。
市長室・議員室
市長室にはウォールナット材と真鍮のハンドルを用いたバーキャビネットが設置され、格式ある空間にふさわしい格調と実用性を兼ね備えています。素材の組み合わせには、ウェグナーの素材への理解と美意識が色濃く表れています。加えて、書類収納やデスクまわりにも特注の家具が配されており、機能性と審美性を両立しています。
また、議員控室や委員会室に設置された机・椅子は、空間ごとに意匠が若干異なりますが、いずれもオーク材を基調とし、節度ある装飾性と使いやすさを備えています。照明と連携するように計算された椅子の背の高さや、素材の質感も、空間との親和性を高めています。

その他
ウェグナーはこのプロジェクトにおいて、あらゆるものに建築空間のあらゆる要素を一貫したデザイン言語で統合するよう設計しました。それは案内板やごみ箱に至るまで、素材や形状に共通性が見られ、空間全体の統一感に寄与しています。
若きウェグナーの成長と設計の協働性
このプロジェクトは、当時まだ20代後半だったハンス・J・ウェグナーにとって、公共空間における統合的デザインを実践するまたとない機会でした。ヤコブセンとミュラーという名建築家のもとで、彼は日々密に協働し、建築全体の整合性を意識しながらも、家具というスケールで空間に人間的な温かみと実用性をもたらしました。
当時無名に近かったウェグナーがこの大規模プロジェクトに起用された背景には、彼の木工技術への深い理解と、若くしてすでに確立されていた構造美への独自の視点がありました。元家具職人としての経験を活かした合理的かつ芸術的な設計力は、建築家たちの信頼を得るに十分なものでした。
この経験は、ウェグナーにとっても決定的な転機となり、家具デザイナーとしての方向性を定める重要な足がかりとなりました。1943年にはオーフスに自身のスタジオを開設するに至ります。ウェグナーのたぐいまれな才能は、この市庁舎において早くも開花していたのです。