モーエンス・コッホとは
モーエンス・コッホ(Mogens Koch, 1898–1992)は、20世紀デンマークデザインの黄金期を代表する建築家および家具デザイナーです。ハンス・J・ウェグナーやボーエ・モーエンセンといった同時代の巨匠と並び、機能主義を徹底的に追求したその作風は、今日に至るまで静かなる存在感を放ち続けています。彼の作品は、機能性、構造の明晰さ、そして時代に左右されない普遍性を特徴としており、現代における「サステナブルデザイン」や「ロングライフデザイン」の先駆的実践と評価されています。
生い立ちと教育背景
1898年にデンマーク・フレデリクスベアに生まれたコッホは、1925年にデンマーク王立芸術アカデミーの建築学科を卒業。その後、カール・ペーターセン、イヴァル・ベンツェン、そしてとりわけ「デンマークモダンデザインの父」と称されるコーア・クリントの下で実務を学びました。コッホはクリントの思想——機能的要件の重視、歴史の再解釈、モジュール概念の採用——を自身の中で深化させ、独自の哲学として発展させます。こうした理論が具体化されたのが、1928年に自宅用として設計された「モジュール式書棚(Byggereolen)」でした。また、彼は1950年から1968年にかけてデンマーク王立芸術アカデミーで教授を務め、さらにはMITや東京の産業芸術研究所でも教鞭をとり、国際的な教育活動も行っています。
デザインした家具とその哲学
モーエンス・コッホの家具は、「装飾の排除」と「構造美の追求」が徹底されています。デザインはスタイルではなく、機能に導かれるべきだという信念のもと、彼は建築、テキスタイル、カトラリー、家具といった幅広い領域で作品を残しました。代表作のひとつ「モジュール式書棚」は、書籍サイズを基準にしたモジュール構造によって、空間効率と柔軟性を高次元で両立。もうひとつの代表作「折りたたみ椅子(Folding Chair / Klapstolen)」は、1932年に教会用にデザインされたもので、シンプルでありながら高い収納性と強度を持ち、後年の再評価を経てCarl Hansen & Sønによって製品化されました。そのほか、「MK-9 Yin Yangテーブル」「ウィングチェア No.50」「アームチェア No.51」なども、いずれも素材選定とプロポーションのバランスが絶妙な作品です。
協力した工房と製造企業
コッホの家具は、主にコペンハーゲンの老舗家具工房であるRud. Rasmussen Snedkerierによって製造されました。同工房は、コーア・クリントやモーエンス・コッホといった巨匠と密接に協働し、クラフトマンシップを受け継ぎながら高品質な家具を提供してきたことで知られています。近年では、Carl Hansen & SønがRud. Rasmussenを買収したことで、コッホのデザインが新たな文脈で再評価される機会が増えています。さらに、Fredericia Furnitureは彼の代表作を「MK Bookcase System」として現行製品化しており、2020年以降はGetamaとも新たなコラボレーションを展開しています。コッホはまた、民主的デザインを目指すFDB Møblerの創設期にも関与し、高品質な家具を一般家庭に届けるというビジョンにも貢献しました。
静かなる巨匠の遺産
モーエンス・コッホは、派手さこそないものの、機能性、構造、素材、クラフトマンシップの全てにおいて妥協のない姿勢を貫いた稀有な存在です。その「控えめ」な美学は、ヴィンテージ市場でも高く評価されており、代表作は数千ドルから数万ドルで取引されています。また、彼の家具はデザインミュージアム・デンマークに常設展示されており、デンマークモダンデザインの礎として今も語り継がれています。彼の哲学は、「タイムレスデザイン」の好例として、これからも世界中のデザイナーや愛好家に影響を与え続けるでしょう。