コーア・クリント | デンマークデザインの礎を築いた建築家・家具デザイナー
コーア・クリントは、20世紀デンマークモダンデザインの枠組みを形成した中心的存在であり、「デンマークモダンの父」として広く認知されています。家具を単なる装飾的な存在から脱却させ、人間の身体寸法と機能的要請に基づく合理的構造物として捉え直した彼のアプローチは、北欧デザイン全体の思想的転換点をなしました。
建築家P.V.イェンセン・クリントの息子として生まれたコーア・クリントは、幼少期から構造と空間に対する深い感覚を養い、絵画によって視覚構成力を、建築によって構造的な厳密性を、そして家具制作によって実用的なディテールを磨き上げていきます。この多角的な修練が、彼の作品における構造的美と人間中心の機能性を統合する源泉となりました。
クリントの思想は、のちのハンス・J・ウェグナー、ボーエ・モーエンセン、オーレ・ヴァンシャーらへと受け継がれ、彼らの代表作にも共通する「素材の誠実さ」「比例の論理」「構造の可視化」「長期使用に耐える職人性」といった設計理念は、まさにクリントがアカデミー教育や自身の作品群を通じて伝えたデザイン倫理そのものです。
彼はまた、家具を孤立したプロダクトではなく、「空間構成の一部」として捉え、建築的コンテクストの中に組み込むことを常に意識しました。そのため、クリントの家具は建築空間と有機的に結びつき、住まい手の生活と知覚に深く関与する存在として機能します。空間・構造・機能・素材が一体となって調和する彼のアプローチは、現代における「使う人の体験や心地よさを重視したデザイン」の先駆けであったとも言えるでしょう。
コーア・クリント | 歴史と作品
1888年(0歳)
コペンハーゲンにて、建築家P.V.イェンセン・クリントの息子として誕生。
〜1903年(〜15歳)
ポリテクニックで絵画と基礎芸術を学び、美術的関心を深める。
1904年頃(16歳)
父の建築事務所にて家具設計の訓練を受ける。
1914年(26歳)
フォーボー美術館の家具をデザインし、初の代表作フォーボーチェアをデザインする。

1920〜1926年(32〜38歳)
デザインミュージアム・デンマークの改修と家具設計を担当。
1923年(35歳)
王立デンマーク芸術アカデミーに家具デザイン科を設立。翌年同アカデミー教授に就任。家具教育の体系化に尽力。
1927〜1933年(39〜45歳)
チェア・シリーズを制作。古典と機能性の融合を追求。
1930年(42歳)
父の逝去により、グルントヴィーク教会の設計を引き継ぐ。
1933年(45歳)
代表作のひとつ「サファリチェア」をデザイン。
1936年(48歳)
「チャーチチェア」をベツレヘム教会のために共同製作。
1937年(49歳)
エリック・クリントとの共作「ミックスチェア」を発表。
1938年(50歳)
「スフェリカルベッド」を設計。
1940年(52歳)
グルントヴィーク教会が完成。

1944年(56歳)
照明ブランド「レ・クリント」より「ランタン(Model 101)」を発表。
1945年(57歳)
「キップランプ(Model 306)」を発表。戦後復興の公共家具デザインにも携わる。
1950年(62歳)
ラスムッセン工房で後進指導に注力。デザイン・製作・教育が一体化したスタジオモデルを形成。
1954年(66歳)
C.F.ハンセン・メダル受賞。同年死去。教育者、家具デザイナー、体系的思想の実践者として、デンマーク・モダンデザインの礎を築いた。
コーアクリント | 工房
Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン)
コーア・クリントの代表的な家具作品を数多く製作したデンマークの老舗工房です。選び抜かれた素材と、卓越した職人の技術によって、クリントの設計理念を高い精度で再現しました。サファリチェアやフォーボー美術館用の家具など、名作の製造に深く関わっています。
Le Klint(レ・クリント)
デンマークの照明ブランドで、コーア・クリントはこのブランドの創設に深く関与しました。彼が設計した「ランタン(Model 101)」や「キップランプ(Model 306)」は、今なおブランドを代表するアイコンとなっています。
Carl Hansen & Søn(カール・ハンセン&サン)
現在ではコーア・クリントの家具を復刻・製造する主要メーカーの一つであり、クリントの思想を継承する重要な存在です。サファリチェアやロジウスベッドなどの名作を世界中に届けています。
Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)
1936年、ベツレヘム教会のために設計された「チャーチチェア」の製造を担当しました。この椅子は、そのシンプルかつ機能的な構造により、2004年まで長く製造が続けられた名作です。
コーア・クリント | 機能と構造に根ざした設計思想
コーア・クリントの設計哲学の中心には、「内側から外側へ」という考え方があります。これは、家具の外形を先に決めるのではなく、まず用途や内部構造、収納物、人間の身体寸法といった具体的な使われ方を出発点にして設計するというアプローチです。
彼は椅子の座面や背もたれ、テーブルの高さ、収納棚の寸法などを、使う人の動作や生活の中での必要性から論理的に導き出しました。人体の寸法に関する詳細な計測や、日用品の大きさに合わせた設計など、人間工学と比例の合理性に裏付けられた寸法設計を徹底していたのです。
また、美的なバランスにおいても、建築の比例原理や古典的な構成論を応用することで、実用性と視覚的調和が両立した家具を実現しました。こうした思想により、クリントの家具は「形が機能に従う」典型例として、今日でも高い評価を受けています。