FINN JUHL AND HIS HOUSEは、フィン・ユールとその邸宅について深く掘り下げており、彼の生涯、デザイン哲学、他のデザイナーとの関係、国際的な活動、そしてデンマーク・モダン家具の歴史における彼の位置づけを包括的に描いています。
物語は、ユールの自邸がオードロップゴー美術館の一部として保存・公開されるに至った経緯から始まります。かつて個人の邸宅であったこの建物は、民間の最高額入札者に売却される可能性がありましたが、最終的にはビルギット・リンバイ・ペデルセン氏によって買い取られ、デンマーク政府に寄贈されました。文化財委員会は当初、保存に値するとは考えていなかったものの、邸宅は現在、オードロップゴー美術館のパーマネントコレクションの一部となっています。美術館としてのオードロップゴーは、19世紀から20世紀初頭にかけてのデンマークとフランス美術のコレクションを収蔵しており、歴史的な背景を持つ場所です。ユールの邸宅は、デンマーク・モダニズムの精華と称され、特に邸宅そのものよりも、ユールが住んでいた頃のインテリア、家具、そして全体的な装飾が魅力の中心であるとされています。
フィン・ユールは、建築教育を受けたものの、主に家具デザイナーとして世界的に有名になりました。彼はヴィルヘルム・ラウリッツェンのスタジオで働いた後、自身のデザインスタジオを設立し、1937年から1952年にかけて、毎年開催される家具職人組合の展覧会のために家具をデザインしました。彼の作品は、特に家具職人ニールス・ヴォッダーによって精巧に作られ、ユールとヴォッダーは緊密に協力しました。この協力関係は、デンマークのモダン家具の特徴となり、木の自然な弾力性を極限まで引き出した家具が生み出されました。ユール自身は家具職人の訓練を受けていなかったことが、かえって木材の可能性に挑戦する原動力となったと語っています。
ユールのデザインは、軽さと彫刻的なフォルム、そして優れた職人技を特徴とし、同時期の他の多くのデンマーク近代家具とは一線を画していました。彼は抽象芸術からのインスピレーションを保ち、家具を単なる機能的な「座るための機械」ではなく、芸術作品のように扱い、展示でもアート作品と組み合わせることを好みました。彼の哲学は、家具は単に機能的であるだけでなく、周囲と調和し、人々を惹きつける芸術的な要素も備えているべきであるというものでした。
彼は、同時代の多くのデザイナー、特にコーア・クリントとは異なるアプローチを取りました。クリントが既存の家具の改良に数学的・科学的なアプローチを用いたのに対し、ユールは抽象芸術からのインスピレーションを重視しました。ユールはクリント派の伝統主義や、木材の扱いに唯一正しい方法があるという考え方を批判し、家具は純粋な形態主義だけでなく、時代の要求やデザイナーの創造性に応じた表現方法を持つべきだと主張しました。
ユールの家具は国際的に高く評価され、特にアメリカ市場で成功を収めました。『インテリア』誌や『ニューヨーク・タイムズ』紙といった米国のメディアで大きく紹介され、ニューヨーク近代美術館が彼の椅子を購入しました。エドガー・カウフマン・ジュニアは、アメリカ社会にフィン・ユールを紹介する上で重要な役割を果たしました。アメリカでは、デンマーク家具デザインの高品質な木工技術、モダンなデザイン、そして有機的なフォルムが、中流階級の進歩的で教養のある層にアピールしました。ユールはまた、国連ビルの信託統治理事会議場 やSASの航空機 のインテリアデザインも手掛けるなど、有能なインテリアデザイナーとしての手腕も発揮しました。日本でも彼の家具は高く評価され、東京郊外に彼の家のコピーが建てられる計画もありました。
ユールは、家具製造における職人技による少量生産と工業生産による大量生産の間で常に葛藤していました。彼は工業生産に対しても肯定的な姿勢を持ち、デザインがより多くの人々に届けられる手段として模索しましたが、工業生産向けにアレンジされた家具では、ニールス・ヴォッダーとの仕事で見られたような職人技のデザイン特徴が失われる側面もありました。ユールは、家具業界が職人を「無料の研究室」として利用し、表面的なアイデアだけを盗んでいると批判もしました。
1960年代に入ると、デンマーク・モダン家具は困難な時代を迎えます。工業生産への移行、新しい素材の登場、消費者文化の変化などが影響し、キャビネットメーカー組合の展覧会も幕を閉じます。ヴォッダー自身もユールに宛てた手紙で、売上の減少や生産の中止に言及しています。一時期人気が衰えたユールの家具でしたが、時を経てモダン家具の古典として再評価され、コレクターズアイテムや美術館の展示品となっています。 フィン・ユールの邸宅は、現在美術館として公開されており、家具やインテリアを通して、彼のデザイン哲学や当時のモダニズムの空気を感じることができます。しかし、美術館という性格上、家らしさや個人的な生活感は失われているという側面も指摘されています。それでも、この邸宅は、フィン・ユールという人物と、デンマーク・モダン家具の黄金時代を象徴するユニークな存在として存在しています。
About
Author
Per Hansen、Birgit Pedersen
Publisher
Hatje Cantz
Size
Content
Preface(まえがき)
Introduction(序文)
1 > Modernism, the Cabinetmakers’ Guild, and Finn Juhl(近代主義、キャビネット・メーカーズ・ギルド、そしてフィン・ユール)
2 > Finn Juhl in the U.S(アメリカのフィン・ユール)
3 > Finn Juhl, Modernist and Provocateur(フィン・ユール、モダニストであり挑発者)
4 > Industrial Furniture, Industrial Design,and Home Décor(工業用家具、工業デザイン、ホームデコレーション)
5 > Declin(衰退)
6 > Finn Juhl’s Renaissance(フィン・ユールのルネッサンス)
7 > Finn Juhl and His House Today(フィン・ユールとその家の現在)
8> Kratvaenget 15: From House to Museum(住居から博物館へ)
Afterword by Birgit Lyngbye Pedersen(ビルギット・リンビ・ペダースンによるあとがき)
Furniture
フィン・ユールによるデザイン:
・詩人(Poet)という名のソファ
・チェア 45
・チェア 46
・チーフテンチェア(チーフテンチェアは「ビッグチェア」とも呼ばれていました)
・ファイヤープレイスチェア
・ポエトソファのバリエーション
・チーク材のボウル / 木製ボウル(ジョージ・ジェンセン社やカイ・ボイエセンのためにデザインされました)
・ジャパンチェア(フランス&サン社向けにデザインされた家具の一つです)
・スペードチェア(フランス&サン社向けにデザインされた家具の一つです)
・ボヴィルケベンチ(ボヴィルケ社のためにデザインされました)
・カルームストール
・ベイカー社のためにデザインしたベンチ
・国連ビル信託統治理事会議場用のダブルランプ
・デンマーク放送局ビルディング用のランプ
・Lyfa社製のテーブルランプとペンダントライト
・SAS DC8 ジェット機用の回転椅子
他のデザイナーによるデザイン:
・サイドボード(コーア・クリントによるデザイン)
・「ザ・チェア」または「ザ・ラウンド・チェア」(ハンス・ウェグナーによるデザイン)
・ウィッシュボーンチェア(ハンス・ウェグナーによるデザイン)
・PK22 チェア(ポール・ケアホルムによるデザイン)
・スワンチェア(アルネ・ヤコブセンによるデザイン)
・ピーコック(ヴェルナー・パントンによるデザイン)
・テーブルとチェア(ピーター・カルプフによるデザイン)
・イージーチェア(グンナル・アーガード・アンデルセンによるデザイン、ポリウレタンを流し込んだもの)
また、フィン・ユールは上記以外にも、GE社のために冷蔵庫をデザインしたり、IBM社のためにタイプライターをデザインしたり、ランプのデザインを手がけたり しています。本書では、これらの具体的な家具を通じて、フィン・ユールのデザイン哲学、職人との協業、機能主義と芸術性の議論、そしてデンマークのモダン家具デザインの歴史的変遷が語られています。
Review
この本は単にフィン・ユールの作品カタログや伝記ではなく、彼の生涯、キャリアの重要な転機(Breakthrough)、相対的な衰退、そして晩年のルネサンスという歴史的な物語を提供します。
特に本書の大きな焦点の一つは、彼自身が設計し、現在は美術館として公開されている自宅、クラトヴェングエット 15です。この家は、単なる住居としてではなく、ユールの家具やアート、インテリアデザイン全体が調和した「総合芸術作品」として紹介されており、その空間がどのように彼のデザイン哲学を体現しているのかを知ることができます。
本書では、ユールの特徴的な彫刻的で有機的なフォルムを持つ家具、例えば「チーフテンチェア」 や「45チェア」、「ポエトソファ」、そして美しい木製ボウル などが、いかにして生まれ、そしてデンマークの主流であったコーア・クリント派の機能主義と対立し、デンマークデザイン界で論争を巻き起こしたかが詳細に描かれています。
また、家具職人ニールス・ヴォッダーをはじめとする熟練した職人たちとのユニークな協力関係が、いかにユールの革新的なデザインを実現可能にしたかについても重要な洞察が得られます。
本書はさらに、ユールがアメリカや日本といった海外市場でどのように成功を収め、デザインが単に機能的なだけでなく、芸術的、そして社会的な意味合いを持つべきだという彼の考え方 を探求します。
ビルギット・リンバイ・ペダーセンによるあとがきやキャプション、そしてペール・H・ハンセンの寄稿も含まれており、ユールとその家がどのようにして美術館となったのかという裏話や、本書全体の包括性を高めています。
フィン・ユールの「家」という視点を通して、彼のデザイン哲学、デンマーク・モダンの黄金期における文化的な議論、そして彼のユニークな個性と時代背景を深く理解することができるでしょう。彼のデザインと彼が生きた時代に興味があるなら、この本は間違いなく読む価値のある一冊です。