About
Designer: Kai Kristiansen(カイ・クリスチャンセン)
Manufacturer: Schou Andersen Møbelfabrik(ショウ・アンデルセン) / Miyazaki Chair Factory(宮崎椅子製作所)
Year: 1957
Material: Teak, Rosewood, Walnut, Oak, Beech, Fabric, Leather
Size: W 53 × D 54 × H 74 cm
Story
No.42チェアは、1957年にカイ・クリスチャンセンが発表したダイニングチェアです。最大の特徴は、わずかに可動する背もたれと、軽やかなハーフアームがつくる独特のシルエットにあります。背もたれは座る深さや姿勢に応じて微少に追従し、胸が開く自然な呼吸と、食事・会話・作業のいずれにおいても疲労を抑える姿勢を促します。視覚面では、側面で後脚とアームが描く鋭い折れ線が“Z”を思わせ、見る角度で印象が変わる彫刻的な造形を生み出しています。正面は軽快で控えめ、側面は動勢のあるライン——静と動の二面性が同居する点が、この椅子の美学の核です。
クリスチャンセンは、木工の徒弟修業で培った実作業の感覚と、アカデミーで学んだ合理的な寸法設計を融合し、見た目の軽さと構造の確かさを両立させました。座面と背のわずかな後傾は、骨盤が立ちやすくなる角度と脚さばきの良さを両立させるための設定で、食卓での会話や筆記動作に向く“前後可変”の着座感をねらっています。ハーフアームはテーブルの幕板に干渉しにくく、立ち座り時の取り回しがよい一方、肘を軽く預けられる支えとして機能します。素材面では、当初のチークやローズウッドといった硬質材が線の鋭さと耐久性を担保し、薄く軽快な部材断面でも剛性を確保しています。
一方で、オリジナルのNo.42は精密な可動背機構や細身の接合が生産難度を上げ、デンマーク本国での量産はやがて途絶えました。2000年代、徳島の宮崎椅子製作所がデザイナー本人との対話を重ね、図面と試作を往復させることで復刻と改良を実現します。可動背の金属パーツは高精度化され、背板の支点周りやほぞの噛み合わせ、内部のこま(筋交い)的補強など、見えない箇所に手が入れられました。座面の支持材は耐久性・通気性に優れた現代素材へと置換され、背のウレタンは硬度の異なる層構成で「最初の当たり」と「沈み込みの量」を分離調整。結果として、線と面の美しいプロポーションを保ちながら、耐久性と快適性が長期使用に耐えるレベルへ引き上げられています。
日本の住環境に合わせた適応も重要です。欧州設計の座面高はやや高めに感じられることがあるため、宮崎椅子製作所では脚カット等の個別調整に対応します。テーブル高やユーザーの体格に合わせて数センチ単位で最適化することで、本来の可動背の恩恵がより素直に現れ、食事から団らん、在宅ワークに至るまで一脚で幅広くまかなう“日常の道具”として活躍します。樹種や張地のバリエーションも広く、ウォールナットやナラの木味に、ファブリック/本革のテクスチャを重ねることで、空間の性格に合わせた表情を作ることができます。
No.42は、デンマーク・ミッドセンチュリーの軽快さと、日本の精緻な木工による改良が結びついた椅子です。ハーフアームと後脚の連続線は空間に動きを与え、テーブルを囲んだときの群姿も端正です。オリジナルが提示した「美と機能の同位性」は、復刻と改良を経て、いまなお実用家具として説得力をもち続けています。日々の生活動線に馴染む軽さ、長時間座っても保たれる身体の楽さ、そして見るたびに新しい角度を見せる造形の楽しさ——No.42は、名作であると同時に、現役の道具として現代の暮らしに生きる椅子です。