フォーボーチェア | デニッシュモダンの礎となった名作

フォーボーチェア(Faaborg Chair / KK96620)は、1914年にコーア・クリントがデザインし、翌1915年にファーボー美術館の開館式で発表された椅子です。コーア・クリントは「デニッシュモダンの父」と称され、この椅子はその運動の出発点を象徴する作品とされています。素材、構造、機能性、そして建築空間との統合性において非常に高い完成度を誇ります。

本作は、デンマーク・フュン島のファーボー美術館のために、同館の建築を手がけたカール・ピーターセンとの協働によって生み出されました。美術館は、建築・家具・芸術を一体として構想した「ゲザムトクンストヴェルク(総合芸術作品)」の理念のもとに設計されており、フォーボーチェアもその思想を体現する重要な要素です。展示空間と鑑賞行為に溶け込み、来館者の視線や動線に配慮した構成が特徴となっています。

当時の主流であった装飾過多な家具とは異なり、フォーボーチェアは構造の明快さ、素材の誠実な使用、機能性の重視といった近代デザインの理念を先取りしました。これは、クリントが英国チッペンデール様式や明朝家具、シェーカー家具などを研究し、それらの思想を再構築した成果であり、後にハンス・J・ウェグナーらに引き継がれるデンマーク家具の礎となりました。

フレームには当初マホガニー材、後にウォールナット材が用いられ、背もたれは籐編み、座面は革張りで仕上げられています。軽量でありながら堅牢で、美術館での使用に耐えうる設計となっており、後脚のわずかな湾曲は全体の曲線と連続性を保ちつつ、側面から見たときの緊張感と安定感を両立しています。さらに、クリントは人体寸法に基づく精緻な寸法設計を行い、使用時の姿勢や視線の高さまで考慮しました。籐張りの背もたれは軽量で透過性があり、美術館のモザイク床を遮らず、空間を開放的に保つ役割を果たしています。

また、この椅子は来館者が自由に移動できるよう軽量化され、美術作品を最適な位置から鑑賞するための「動く機能美」を備えています。単なる家具ではなく、建築的要請と鑑賞者の身体行為への理解に基づいて設計された点が大きな特徴です。

現在、フォーボーチェアはカール・ハンセン&サンによって復刻生産されていますが、ルド・ラスムッセン製のオリジナルとは製造技法や素材選定、細部仕様に違いがあります。現行品は正確な寸法と安定した品質管理が強みですが、オリジナルは時代背景や職人の個性が刻まれており、美術品的価値が高いといえます。

フォーボーチェアは、建築空間への深い理解と機能美を兼ね備えた構造的明晰さを持ち、デンマークモダンの金字塔として位置づけられます。誕生から100年以上経った現在も、美術館やデザイン教育の現場で椅子設計の指標となり続け、その普遍的価値は家具の枠を超え、人間と空間の関係を再定義する哲学的な存在として再評価されています。

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