Poul Kjaerholm(ポール・ケアホルム)は木製家具のデザインが主流の中で金属製の家具を多くデザインした異色の存在でした。デンマークのクラフトマンシップの精神やバウハウスの合理的・機能的な考え方に影響を受けています。素材と構造に拘った、妥協を許さない洗練されたデザインが特徴です。
ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm)はデンマークデザイン史において、独特の地位を築いた家具デザイナーです。1929年1月8日にエステルウロップで生まれた彼は、指物師としての実践的な訓練を受けた後、コペンハーゲン美術工芸学校の家具デザイン科で学びました。そこで彼は、後に彼の指導教授となるハンス・J・ウェグナーの影響を受けました。ウェグナーの事務所でアシスタントを務めた後、フリッツ・ハンセン社で短期間働きましたが、彼が自身のデザイン哲学を本格的に展開するのは、1955年からのアイヴィン・コルド・クリステンセン社との協業においてでした。ケアホルムは、家具を単なる個別の物体としてではなく、建築空間との関連性の中で捉えることを重視し、自身を「家具建築家 (furniture architect)」と称することを好みました。また、彼は母校である美術工芸学校や王立芸術アカデミーで教鞭を執り、後進の指導にも情熱を注ぎました。
ケアホルムのデザイン哲学は、素材そのものの本質と構造の論理を最大限に引き出すことにあります。特に、それまでデンマークの家具デザインにおいて主流であった木材に加え、スチールを主要な素材として積極的に採用したことに彼の革新性が見られます。彼は、スチールの持つ構造的な可能性を探求し、木材、石、ガラス、革、籐、カンヴァスといった異なる素材と組み合わせて、その特性を際立たせました。ケアホルムにとって、家具は単に物理的な機能を持つだけでなく、心理的な機能も併せ持つものであり、素材、構造、そしてそれらが置かれる空間全体との間で、常に密接な「対話 (dialogue)」が生じるべきだと考えました。彼の作品は、個々の要素が独立しながらも、全体として完璧に統合されていることを目指しており、リートフェルトやミース・ファン・デル・ローエといったモダニズムの巨匠たちからも影響を受けつつ、独自の簡潔で普遍的なデザイン言語を確立しました。彼は家具を「物理的な機能」と「心理的な機能」を持つものと定義し、素材への敬意と理解を基盤としました。
ケアホルムの作品群は多岐にわたります。合板とスチールを組み合わせた初期のラウンジチェア「PK 25(エレメントチェア)」 は、彼の素材への実験的なアプローチを示しています。最もよく知られる作品の一つであるラウンジチェア「PK 22」は、エレガントなスチールフレームと籐や革張りの座面が特徴です。長椅子の「PK 24」は、スチールと籐または革を用いた優美なシェーズロングです。ダイニングチェアの「PK 9」、ガラスや大理石の天板を持つコーヒーテーブル「PK 61」、拡張可能な大理石のダイニングテーブル「PK 54」、モジュール式ソファの「PK 31」、3本脚のスツール「PK 33」、そして折り畳みスツールの「PK 91」 などがあります。これらの作品の多くは、コル・クリステンセン社によって製造されました。
彼のデザインは国際的にも高く評価され、特にミラノ・トリエンナーレでは1957年に展示デザインで銀メダルを、1960年にはデンマークパビリオンの展示デザインでグランプリを受賞しました。彼の展示デザインは、家具と空間の相互作用、そして彼のデザイン哲学を視覚的に表現する場でもありました。また、「Structures」展(1965年) や、PK 27でのID-Prize受賞(1972年) なども彼のデザインが高く評価された証です。1980年、51歳でその生涯を閉じたポール・ケアホルムは、素材への深い洞察、構造的な明快さ、そして時代を超越した洗練された美しさを持つ家具デザインによって、デンマークデザインの重要な一角を担っています。
Furniture
ポール・ケアホルムは生涯を通じて、椅子、テーブル、ソファ、スツールなど、様々な種類の家具をデザインしました。彼の作品の多くが「PK」という番号で識別されています。
- PK 0
- PK 1
- PK 2 (ラウンジチェア)
- PK 8
- PK 9 (ダイニングチェア)
- PK 10 (コーヒーテーブル)
- PK 11 (室内用パーティション、椅子) – Louisiana Museum of Modern Art のコンサートホールのための椅子も、これに関連する言及があります。
- PK 12 (金属製アームチェア)
- PK 20 (ラウンジチェア)
- PK 22 (ラウンジチェア) – PK 61 コーヒーテーブルを補完するデザインとしても言及されています。
- PK 24 (シェーズロング)
- PK 25 (“Element” Chair とも呼ばれるラウンジチェア) – これは彼の卒業制作の椅子 であり、フリッツ・ハンセン社での初期の試作品の一つです。
- PK 26 (掛けのラウンジソファ) – Fredericia Town Hall の5人掛けソファは、このソファ要素で構成されています。
- PK 27 (ロングスタディ、成型合板製ラウンジチェア) – ID-Prize を受賞しています。
- PK 31 (ラウンジチェア、ソファ)
- PK 33 (3本脚スツール)
- PK 54 (ダイニングテーブル)
- PK 54A (PK 54 の拡張可能なバージョン、テーブル)
- PK 55 (デスク)
- PK 61 (コーヒーテーブル) [9, 57, 60 (要素として), 107] – PK 22 ラウンジチェアを補完するデザインであり、展示デザイン「Fillifut」の一部要素としても関連付けられています。
- PK 63 (テーブル) – 資料には図面 や写真、年譜 で言及があります。
- PK 71 (ネストテーブル)
- PK 91 (折り畳みスツール)
- “Fillifut” – 1957年の展示デザインのために作られた抽象的なオブジェクトで、家具でも彫刻でもないとされています。
- スチールワイヤーチェアのプロトタイプ (1953年) – PK 9 の最初のバージョンとして描かれているものや、ワイヤーチェアのプロトタイプとして写真と図面が掲載されています。
- Kanlen restaurant のための新しい作り付けのテーブルと椅子。
- Østre Gasværk に設置された家具のプロトタイプ2点。
- Fredericia Town Hall に設置された記念碑的な石製灰皿。
- John F. Kennedy Center のために構想された石製灰皿。
- Horserød Dining Table シリーズ – PK 51 や PK 71 を含むシリーズとして言及されています。
Manufact
メーカー名(フリガナ) | 主な役割・特徴 |
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E. Kold Christensen(イー・コールド・クリステンセン) | ケアホルムが生前に選定した主要製造元。PK22、PK24、PK61など代表作を多数製造。 |
Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン) | ケアホルム没後に製造・販売権を取得。現在の正規復刻品を製造。 |
PP Møbler(ピー・ピー・モブラー) | 木工が必要なパーツや家具などを製造。PK11の笠木やPK15などを製造した。 |
Thorsen Møbler(トアセン・モブラー) | PK4など一部の作品を製造。 |
Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン) | デスクやチェストなど一部の家具を製造。 |
ArchitectMade(アーキテクトメイド) | PK101やトレイなどを復刻製造。 |
参考文献:THE FURNITURE OF POUL KJAERHOLM CATALOGUE RAISONNE、POUL KJAERHOLM FURNITURE ARCHITECT、Poul Kjærholm、HÅNDVÆRKOGLIVSVÆRK、RODFAESTET、流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史