1949年、ハンス・J・ウェグナーが発表した「ザ・ラウンドチェア(The Round Chair)JH503」は、20世紀デザイン史における金字塔として、今なお世界中の人々を魅了し続けています。背もたれからアームレストへと流れるように連続する半円形のフォルムは、まるで彫刻のように美しく、座る者をやさしく包み込むような人間工学的配慮に満ちています。ウェグナーは、この椅子を「絶え間ない純化のプロセス」の産物と語り、装飾性を削ぎ落としたうえで木の美しさと構造の合理性を追求しました。その結果、この椅子は単なる家具の域を超え、「木工職人としての叡智」と「モダンデザインの理念」の見事な融合体として結実しています。発表当初からアメリカのデザイン界で注目され、1960年のケネディ・ニクソン大統領討論会で両候補が使用したことで、デンマークモダンの象徴として国際的な評価を確立しました。控えめながら完璧に設計されたその構造と、木材のもつ自然な魅力を最大限に引き出した仕上がりは、ウェグナーの「簡素であることの洗練」を象徴する傑作として、時代を超えて語り継がれています。
JH-503 | Johannes Hansen | ヴィンテージ品(1950年ー1990年)

「ザ・チェア」JH503は、当初ヨハネス・ハンセン社の熟練職人によって手作業で製作されました。初期モデルでは背とアームの接合部に籐巻きを施した隠しほぞ継ぎが用いられ、1950年以降はウェグナーの意向によりジグザグ型のフィンガージョイントへと進化しています。生産は1日に数脚という極めて限定的なもので、年代によって細部の仕様や仕上げに個体差が見られるのも特徴です。特にアメリカでその伝統的で製造方法と無駄のないフォルムが高く評価され、「椅子の中の椅子」として注目を集め、ケネディ・ニクソン討論会での使用により一躍国際的に有名となりました。オリジナルの刻印が残り、状態の良い個体はヴィンテージ市場において高値で取引されています。
PP-503 | PP Mobler | 現行品(1992年ー現在)

1992年以降、PPモブラーはハンス・J・ウェグナーの正統なライセンスを取得し、「ザ・チェア」PP503の生産を継続しています。オークやアッシュ、ウォルナットなど多様な木材に加え、ソープ仕上げやブラックタンニン染めなど、豊富な仕上げから選べるのが魅力です。座面も革・ファブリック・籐から選択でき、インテリアに合わせたカスタマイズが可能です。製造にはCNC加工や3D成形技術、プレコンプレッション技術が用いられ、接合部は1トンの引張強度に耐える精度を誇ります。素材は持続可能な方法で調達され、最大2年の自然乾燥工程を経て使用されます。職人技と先進技術の融合により、PP503は現代における最高品質のウェグナーデザインを体現する椅子として高い評価を受けています。
ザチェア JH-503とPP-503の違い | Johannes Hansen製とPP Mobler製との違いと見分け方
ハンス・J・ウェグナーがデザインした「ザチェア」であるJH503とPP503は、その共通のルーツを持ちながらも、製造元の違いにより様々な点で明確な差異が見られます。以下にその主要な点を比較します。
オリジナル性と復刻
Johannes Hansen | JH503は、1949年にウェグナー自身が手掛けたオリジナルのデザインを、その当時の最も信頼された製作パートナーであるヨハネス・ハンセンが直接手作業で仕上げた初期モデルです。年代によって刻印、焼き印、ラベルがあり、価値が異なります。
PP Mobler | PP503は1992年以降、PPモブラーがウェグナー家との正式契約のもとライセンス生産している復刻モデルであり、オリジナルの精神と設計図を忠実に再現した正統継承品です。製造の背景やプロセスは異なるものの、設計精度や構造的な完成度は非常に高く、現代における「最も正確なウェグナーの椅子」として位置づけられます。PPモブラーの焼き印、またはプレートがついています。
サイズ・ディテール・素材
Johannes Hansen | JH503はチーク、マホガニー、ウォルナット、オークで製作されており、木目の美しさに定評があります。フィンガージョイントの部分など、製造年代によるディテールの差異が見られます。
PP Mobler | PP503はオーク、アッシュ、チェリー、ウォルナットなどの無垢材を用い、ソープ仕上げ、ホワイトオイル、タンニン染めブラックなど多様な仕上げから選択が可能です。座面も革、ファブリック、籐張りとカスタマイズ性が高く、現代のインテリアにも柔軟に対応できます。寸法はJH503とほぼ同じながらも、最新のCNC加工により、常に一貫したクオリティが保証されます。
価格と市場価値
Johannes Hansen | 800,000円~1,000,000円(2025年6月現在)
JH503は、すでに製造が終了しており、ヴィンテージ市場でのみ流通しています。とくにチーク材は人気が高く、またオリジナルの刻印や焼き印が残る良好な個体は、コレクターからの需要が高く、その価値は年々上昇しています。
PP Mobler | 1,057,100円~1,511,400円(2025年6月現在)
PP503は現行品として安定供給されており、注文生産制で通常4〜6ヶ月の納期が必要です。価格は素材や仕上げにより異なります。正規保証付きで、将来的な修理やメンテナンスの安心感も大きな魅力です。希少性というよりも「品質の高さ」と「確実な正統性」に対する価値が重視されています。
JH-503とPP-503が語る継承と美意識

1949年にハンス・J・ウェグナーによってデザインされた「ザ・ラウンドチェア」は、JH503とPP503という二つのモデルを通じて、異なる時代の価値観とものづくりの在り方を今に伝えています。ヨハネス・ハンセンによるJH503は、オリジナルの思想と当時の職人技が凝縮された歴史的な証であり、各個体が時代の空気を宿す唯一無二の存在です。対して、PPモブラーのPP503は、ウェグナーの設計哲学を尊重しながら、現代の技術と持続可能な製造体制によって未来へとつなぐプロダクトとして位置づけられています。
それぞれ異なる背景を持ちながらも、両モデルに共通するのは、ウェグナーが追い求めた「本質の美しさ」が確かに息づいていることです。流れるようなフォルム、無駄を削ぎ落とした構造、素材の魅力を引き出す丁寧なつくり──それらは今もなお、静かな感動を与える椅子として人々の暮らしに寄り添い、時間を超えて輝き続けています。