― デンマーク・デザインの精神が生まれた場所 ―
手仕事が生んだデンマーク・デザインの原点
「逆説的ですが、私たちが成功できた本当の理由は、むしろ産業開発の遅れにあったのかもしれません。技術的に新しいものは何もなく、大規模な実験を行う資金もありませんでした。私たちの根底にあったのは、工程を複雑にしないことではなく、手仕事によって何かを生み出す力を示すことでした。素材に生命と魂を吹き込み、その条件のもとで最も自然なかたちを導き出すこと──それが私の目指した姿でした。」
ハンス・J・ウェグナーが語ったこの言葉は、デンマーク・デザインの本質を象徴しています。工業化の波に遅れをとったことが、結果的に「人の手によるものづくり」の価値を守り抜く要因となりました。素材に生命を吹き込み、無理のない構造と自然な美しさを追求する。そんな哲学こそ、ウェグナーの家具に通底する精神です。
1927年、キャビネットメーカーズ・ギルド展が始まる
1920年代のコペンハーゲンでは、家具産業がドイツの大量生産品との競争に直面していました。その状況を打開するため、1927年にキャビネットメーカーズ・ギルドが設立され、翌年から毎年の展示会が開催されます。
当初の展示会では、多くの職人が自らデザインした歴史様式の家具を出展していましたが、やがてA.J.イヴァーセンが「家具は時代を先取りすべきだ」と主張し、建築家との協働を推進します。この理念がデンマーク・モダンデザインの芽吹きにつながっていきました。
イヴァーセン、コーア・クリント、そしてヨハネス・ハンセンへ
1925年、イヴァーセンは雑誌『The Architect』で、家具づくりにおける芸術性の重要性を説きました。彼は社会的課題と芸術的創造は同じ力では動かせないと考え、職人技の中に新しい表現を見いだそうとしました。
その後、コーア・クリントがルド・ラスムッセンの工房とともに機能主義的なデザインを発表し、1930年代にはヨハネス・ハンセンが加わります。ハンセンは建築家ハンス・クリスチャン・ハンセンやヴィゴー・ヨルゲンセンとともに、構造の美しさを追求する家具を展示しました。
この時期にコペンハーゲンへ移住した若きウェグナーは、ハンセンの展示に強い影響を受け、家具デザインの道を本格的に志すようになります。
展示会が生んだ教育と実験の文化
キャビネットメーカーズ・ギルド展は、単なる見本市ではなく、職人と建築家が共に新しい家具を模索する「実験室」でした。1933年には展示会の前にデザインコンペティションが導入され、入賞作が職人によって製作される仕組みが確立します。
この制度は、若手デザイナーの登竜門として機能し、後の黄金期を支える礎となりました。ウェグナーが1938年に発表した初期作品「ファーストチェア」も、この文化的環境の中で誕生しています。
ウェグナーに受け継がれた精神
ウェグナーは家具職人としての訓練を受けたのち、コペンハーゲン工芸美術学校で設計を学び、構造と造形の関係を徹底的に探求しました。
キャビネットメーカーズ・ギルド展は、彼にとって「学びの場」であり「発表の場」でもありました。素材の声を聞き、余計な装飾を削ぎ落とし、構造そのものを美として見せる——彼の哲学は、この展示会の精神と深く共鳴していました。
伝統の中にある革新
キャビネットメーカーズ・ギルド展は、デンマークの家具文化を国際的なレベルへと押し上げた舞台でした。ここでの試行錯誤が、後の「ピーコックチェア」「ザ・チェア」「ベアチェア」といった名作を生み出す下地となります。
ウェグナーが生涯を通じて追い求めたのは、「機能性と詩情の調和」。それは、ギルド展が示した手仕事の精神の延長線上にありました。手で作ることの意味を問い続けた彼の姿勢こそ、デンマーク・デザインの永続する魅力を象徴しているのです。
(展示情報)
織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura