ハンス・ウェグナーの生い立ちと最初の椅子

― 南ユトランドで育まれた「手の記憶」と木への情熱 ―


靴職人の家に生まれて

ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナーは1914年、南ユトランド地方の町トナーに生まれました。父親ピーター・マティーセン・ウェグナーは腕の良い靴職人で、町の人々に愛される存在でした。彼はドイツの教育を受けた職人であり、当時の南ユトランドはドイツ領に属していたため、家庭や学校でもドイツ語が用いられていました。そんな環境の中で育ったウェグナー少年は、幼いころから「手を使うこと」に強い関心を抱き、父の工房で使われる工具や素材に触れながら感覚を磨いていきました。


木との出会いと初めての創作

ウェグナーの創作の原点は、父の靴工房の隣にあったドイツ人キャビネットメーカー、H. F. シュタールベルグの工房でした。そこで出た木片を譲り受け、彼はそれを使って小さな船や人形を彫るようになります。特に、トエンデ博物館で見たロイヤル・コペンハーゲンの陶器フィギュアは少年の心を大きく動かしました。彼はその繊細な造形に魅了され、自ら木を彫るようになり、いつか木彫り職人になりたいという夢を抱きます。10代前半で作った木彫りのフィギュアには、すでに木の性質を理解し自在に操る感覚が表れています。


職人としての修行と自立への道

14歳のとき、ウェグナーは家具職人シュタールベルグのもとで徒弟として修行を始めます。彼の仕事場では、寝室用の家具から棺まで、生活のあらゆる木製品を手掛けていました。資源が限られた時代、人々は材料を無駄にせず、シンプルで長く使えるものを求めていました。ウェグナーはその中で、素材の声を聞き取りながら形を導く感覚を磨き、木工の基本を体に刻み込みました。18歳のとき、彼は見習い試験に合格し、家具職人としての第一歩を踏み出します。自身の手で製品をつくり、お客様に届ける喜びを知った彼は、次第に「いつか自分の工房を持ちたい」と夢見るようになります。


最初の椅子 ― 1931年の試作

1931年、17歳のウェグナーが大工見習いとして制作した最初の椅子は、驚くほどモダンなものでした。直線的で幾何学的な構成をもつ軽量なキューブ型のデザインで、北欧の地方都市で育った青年がすでに国際的なモダンデザインの潮流に呼応していたことを示しています。この椅子には、のちにウェグナーが追求する「構造の美学」の萌芽が見られます。無駄のない線と確かな接合、素材の強度を最大限に生かした設計。ここには、装飾ではなく構造そのものを美とする彼の思想がすでに宿っていました。

一方で、ハンス・ウェグナー展で展示されている1938年の「ファーストチェア」は、同じ“構造の探求”を基軸としながらも、そこに「人間の身体との調和」という新しい要素が加わりました。形態はより有機的で、背と脚の接合部には柔らかな曲線が導入され、木が持つ弾性と流動感を生かした設計へと発展しています。1931年の椅子が“構造の美”を直線的に表現していたのに対し、ファーストチェアでは“構造の中に生命感を宿す”段階へと進化したのです。


コペンハーゲンへの転機

1935年、兵役のため上京したウェグナーは、コペンハーゲン家具職人組合の年次展示会を訪れます。そこには、彼の知らなかった新しい家具の世界が広がっていました。ここで彼は、自らの技術と感性をさらに高める必要を痛感します。この体験が、後のコペンハーゲン美術工芸学校での学びへとつながり、そしてカール・クリントとの出会いを経て、ウェグナーはデンマーク近代家具の中心へと歩み出していくことになります。


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