About
Designer: Kaare Klint(コーア・クリント)
Manufacturer: Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン)
Year: 1939
Material: Cuban Mahogany, Niger Leather
Size: W64 × D64 × H99 × SH45 cm
Story
Kaare Klint(1888–1954)は、デンマーク・モダニズムの基礎を築いた建築家であり教育者でした。彼の設計理念は、伝統的な職人技への深い敬意と、装飾を排し機能を最優先する合理主義の融合にありました。「Nørrevold Armchair」はその哲学を象徴する作品であり、1939年にコペンハーゲンの鉄鋼・金属産業協会本部のためにデザインされました。名称「Nørrevold」は、建物が位置していた地域の名に由来しています。
この椅子は1927年の「レッド・チェア」の拡大型として設計され、よりフォーマルな空間にふさわしいスケールと存在感を持たせています。幅64cm、奥行64cm、高さ99cmという寸法は、公共空間での使用を意図しながらも人間工学に基づいた快適性を確保しています。高背のデザインは、使用者の姿勢を正しく保ち、同時に威厳ある印象を与えます。
素材にはソリッド・キューバン・マホガニーが採用され、その高密度で均質な質感は、時間とともに深い色艶を生み出します。張地には「オリジナル・ナイジャー・レザー」が用いられ、真鍮の鋲で丁寧に固定されています。これらの素材は単なる高級志向ではなく、「時間の経過によって美しさを増す」というKlintの哲学を体現しています。
Nørrevold Armchairは、籐や薄板成形などの工業的な技術を意図的に排し、無垢材加工と伝統的な接合技術に基づく構造を採用しています。これは、Klintが「家具建築家」として提唱した“素材の正直さ”と“職人技の尊厳”を実践する姿勢の表れです。Rud. Rasmussenの卓越した指物技術がこの思想を具現化し、構造的な強度と美的均衡を両立させました。
本作品はKlintとRud. Rasmussenの長年の協働体制の中で生まれた代表的な成果であり、後にCarl Hansen & Sønへと継承された生産体制の礎となりました。2011年の統合以降も、Klintが設計した椅子群はデンマーク家具の象徴として受け継がれています。Nørrevold Armchairは、機能性・構造美・素材の倫理が一体化した、デンマーク・モダニズムの精神的支柱といえる存在です。