オーフス市庁舎が生んだ近代オフィス家具の原点
1930年代後半から1940年代初頭にかけて、デンマーク・モダンは大きな転換期を迎えていました。家具は個人邸宅のための工芸品から、公共空間で多くの人が使う「環境の一部」へと役割を広げつつありました。その象徴的な舞台となったのが、アルネ・ヤコブセンとエリック・モラーによって設計されたオーフス市庁舎です。この巨大な公共建築において、まだ20代半ばだったハンス・J・ウェグナーは、内部家具全体の設計という重要な役割を任されました。彼が直面した課題は、象徴的な市長室の家具だけでなく、数百人の職員が日常的に働く執務空間を、機能的かつ人間的に成立させることでした。
建築と家具を一体化するという発想
オーフス市庁舎は、建築・内装・家具を切り離さず、ひとつの総合芸術として構想された建物です。内部にはボグ・オークの床、真鍮のディテール、そして特注家具が配置され、空間全体に統一した緊張感と温かみが与えられました。ウェグナーはこの環境の中で、家具を単体の造形としてではなく、建築の機能を支える「システム」として捉えます。その実現に不可欠だったのが、オーフスを拠点とする家具メーカー、Planmøblerでした。Planmøblerは高い木工技術と量産能力を併せ持ち、大量の家具を一定の品質で供給できる稀有な存在でした。
Planmøblerと生み出したモジュール式オフィス家具
ウェグナーとPlanmøblerは、市庁舎のためにモジュール式のオフィス家具を共同開発しました。デスク、キャビネット、椅子はそれぞれ独立した製品でありながら、素材、寸法、構造思想が統一され、空間全体として機能するよう設計されています。デスクは重厚さと実用性を兼ね備え、引き出し構成を用途に応じて選べる仕組みを持っていました。収納家具には蛇腹扉が採用され、限られたスペースでも効率的に書類を扱えるよう工夫されています。これらは現代のシステムオフィス家具の原型とも言える発想であり、ウェグナーが「公共のための家具」に本格的に向き合った最初の成果でした。
椅子に見る有機的機能主義の萌芽
このプロジェクトで生まれたアームチェアは、後に「オーフス・シティホール・チェア」と呼ばれる名作です。背からアームへと連続する無垢材の曲線は、視覚的な美しさだけでなく、長時間の着座に耐えるための人間工学的配慮に基づいています。また、より簡素な構造を持つチェアは、待合室や公共スペース向けに設計され、後年の量産椅子へとつながる重要な試みとなりました。ここには、装飾を排しながらも人間の身体を中心に据える、ウェグナー独自の「有機的機能主義」の原点が見て取れます。
Planmøblerからその後のウェグナーへ
Planmøblerとの協働を通じて、ウェグナーは工芸と量産のあいだに明確な立ち位置を見出しました。この経験は、後にPP MøblerやGetamaといったメーカーとの仕事へと受け継がれ、より洗練された形で展開されていきます。オーフス市庁舎で生まれた家具群は、華美ではありませんが、素材の温かみと合理性に満ち、官庁建築という硬質な空間に人間性をもたらしました。ウェグナーとPlanmøblerの協働は、デンマーク・モダンが公共空間へと踏み出した決定的な瞬間であり、現代のオフィス環境デザインにまで影響を与え続けています。