About
Designer: Hans J. Wegner(ハンス・J・ウェグナー)
Manufacturer: AP-Stolen(APストーレン)
Year: 1950s
Material: Steel, Upholstery
Size: W1900 × D850 × H390-400 mm
Story
AP36は、ハンス・J・ウェグナーが1950年代後半に手がけた「エアポート・シリーズ」に連なるデイベッドです。背もたれを持たないフラットな構成と、スチール脚による軽やかな浮遊感が特徴であり、当時の公共空間に求められた合理性と視覚的透明性を体現しています。
製造を担ったのは、1944年創業のAP-Stolenです。同社は天然素材を用いた高度な椅子張り技術で知られ、ウェグナーの代表作「パパベアチェア」や「オックスチェア」などの内部構造を支えてきました。AP36においても、馬毛やヤシ繊維などを重ねた伝統的なクッション構造が用いられ、見えない部分にまで徹底した職人技が息づいています。
本作は、AP33・AP34・AP35と続くソファ群から背もたれを排し、最小構成へと到達したモデルです。余計な要素を削ぎ落とし、本質だけを残すというウェグナーの設計思想が明確に表れています。単なるベンチではなく、空間に置かれる造形体として成立している点に、この家具の本質があります。
全長1900mm、奥行850mmという寸法は、一般的なソファよりもゆとりを持たせた設計です。背を預ける構造を持たない代わりに、身体を自由に横たえることができる平面を提供します。高さは約390〜400mmに抑えられ、低重心による安定感と空間への圧迫感の少なさを両立しています。
脚部にはマットクローム仕上げのスチールパイプが採用されています。木製家具が主流であった北欧デザインにおいて、この素材選択は革新的でした。冷静で直線的なスチールと、柔らかな椅子張りの対比が、ミッドセンチュリー期のモダニズム建築との親和性を高めています。
AP36の特徴として、座面端部に設けられたスチール製ストッパーが挙げられます。これは奥行き方向へのクッションのずれを防ぐ構造であり、機能と造形が一致したディテールです。無機質な金属部材をデザインの一部として昇華させる手法は、ウェグナーの設計哲学を象徴しています。
同時期に発表されたゲタマ社製のデイベッドとは異なり、AP36には可動機構がありません。背もたれの展開や収納機能を排し、静的な構成に徹しています。この潔さこそが、エアポート・シリーズにおける最終的な引き算の到達点といえます。
AP-Stolenは1970年頃にその歴史を閉じ、本作は再生産されていません。そのため現存数は非常に限られており、ウェグナーの設計思想を立体的に理解する上で重要な一作と位置づけられます。木工と椅子張り、そしてスチールという異なる技術領域が高次元で統合された、静かな緊張感を宿すプロダクトです。
AP36は、装飾を拒みながらも強い存在感を放ちます。背もたれのない一枚の平面は、座る・横たわる・物を置くといった多様な使い方を許容し、空間の中心にも壁際にも自然に収まります。ウェグナーが追求したのは、機能と造形が矛盾なく成立する状態でした。その思想は、このデイベッドにおいて最も純度の高い形で結実しています。
