About|基本情報
Lifespan: 1894–1967
Birthplace: Ordrup(オードロップ、コペンハーゲン北郊)
Manufacturer: Louis Poulsen(ルイスポールセン)
Story|人物とデザイン
ポール・ヘニングセン(Poul Henningsen, 1894–1967)は、20世紀デンマークを代表する照明デザイナー、建築家、批評家である。一般にはイニシャルの「PH」で知られ、電球そのものではなく、光が人の目や空間にどのように届くかを設計の対象とした。代表作であるPHランプの一連の照明は、デンマーク近代照明の方向を大きく変えた。
1894年、コペンハーゲン北郊のOrdrup(オードロップ)に生まれた。母は作家Agnes Henningsen(アグネス・ヘニングセン)、実父は作家Carl Ewald(カール・エーヴァル)である。既成の価値観にとらわれない文化的環境のなかで育ち、技術学校や工科教育機関で建築を学んだが、建築家資格を取得することなく実務と独学を通じて活動を広げていった。
ヘニングセンが照明に取り組み始めた1920年代、電気照明は急速に普及していた一方、裸電球の強い眩しさや硬い影は大きな問題であった。彼は光源を直接見せず、必要な場所へ光を導き、柔らかな影をつくることを課題とした。その研究から生まれたのが、複数のシェードで光を反射・制御するPHシステムである。
PHランプの基本となる3枚シェードシステムでは、シェードの曲面に対数螺旋の考え方を取り入れ、光源から出た光を計画的に反射させる。重要なのはランプの外形ではなく、眩しさを抑えながら机上や室内へ必要な光を配る仕組みにあった。ひとつの完成形を固定するのではなく、シェードの大きさや素材、光源との組み合わせを変えながら、多数の照明器具へ展開できる「システム」として考えられていた点に特徴がある。
1924年頃からLouis Poulsen(ルイスポールセン)との協働を始め、1925年のパリ万国博覧会で照明器具が金賞を受賞した。翌1926年には3枚シェードシステムを確立し、以後この考え方はペンダント、テーブルランプ、フロアランプなどへ広がった。1928年に発表されたPH Septimaでは7枚のガラスシェードを用い、1957年のPH Louvre、1958年のPH 5、PH Artichoke、PH Snowballへと、光を制御する研究は生涯を通じて展開された。
一方で、ヘニングセンは照明だけのデザイナーではなかった。建築、家具、ピアノ、舞台、映画、文章など幅広い分野に関わり、1926年から1928年には雑誌『Kritisk Revy(クリティスク・レヴィ)』を編集した。そこでは建築や都市、生活文化を批評し、機能主義や文化急進主義の立場から、権威や慣習に対して繰り返し問いを投げかけた。彼にとってデザインは造形の問題だけではなく、人々の生活をどのように改善するかという社会的な問題でもあった。
PH 5やPH Artichokeが現在も使われ続けている理由は、その形が象徴的だからというだけではない。眩しさを避け、光源を隠し、反射光によって空間を整えるという考え方が、照明器具の種類や時代を超えて応用できる原理として成立しているためである。ヘニングセンは「ランプの形」ではなく「光のあり方」をデザインした人物として、デンマークデザイン史に独自の位置を占めている。
History & Works|歴史と作品
1894(0歳)
9月9日、Ordrup(オードロップ)に生まれた。母は作家Agnes Henningsen、実父は作家Carl Ewaldである。
1911–1917
Frederiksberg Technical Schoolやコペンハーゲンの工科教育機関で建築・技術を学んだ。卒業資格は取得せず、実務と独学を通して設計活動へ進んだ。
1919–1920頃
建築家として活動を始め、Kay Fisker(カイ・フィスカー)との協働を経て、自身の設計活動を展開した。
1921(27歳)
新聞『Politiken』などで建築・文化批評の執筆を始め、デザインと社会を結びつける言論活動を本格化させた。
1924(30歳)
Louis Poulsenとの照明開発に取り組み始める。眩しさを抑え、反射光によって快適な明るさを得るための研究を進めた。
1925(31歳)
パリ万国博覧会の照明器具部門で金賞を受賞。後のPHシステムへつながる多層シェードの研究が国際的に評価された。
1926(32歳)
3枚シェードシステムを確立。コペンハーゲンのForumやデンマーク装飾美術館(現Designmuseum Danmark)などの照明に採用され、PHランプの基本原理が広く知られるようになった。雑誌『Kritisk Revy』の刊行も開始した。
1928(34歳)
7枚のガラスシェードから成るPH Septimaのプロトタイプをデンマーク装飾美術館で初公開した。
1931(37歳)
PH Grand Pianoを発表。照明以外にも家具や楽器などへ機能主義的な発想を展開した。
1932(38歳)
一本のスチールパイプを大きく曲げて構造をつくるSnake Chair(Slangestolen)を発表。国際的モダニズムへの関心を家具にも示した。
1933(39歳)
文化批評の著書『Hvad med kulturen?』を刊行した。
1935(41歳)
映画『Danmarksfilmen』を制作。建築・デザインにとどまらず、映画や舞台、文章を通じて社会や文化について発言した。
1941(47歳)
Tivoli(チボリ公園)の建築家として活動し、園内の建築や照明、舞台空間に関わった。
1943(49歳)
ナチス占領下のデンマークからスウェーデンへ亡命した。戦時中も反権威的な文化活動を続けた。
1946(52歳)
戦争で失われたTivoliのGlass Hall(Glassalen)の再建に関わった。
1957(63歳)
Skodsborgの教会のためにPH Louvreをデザインした。13枚のシェードを球状に構成し、全方向に均質で眩しさの少ない光を生む照明である。
1958(64歳)
PH 5、PH Artichoke、PH Snowballをデザインした。PH 5は電球の形状や大きさの変化に対応しながら眩しさを抑えるために設計され、PH ArtichokeはコペンハーゲンのLangelinie Pavilionのために開発された。
1967(72歳)
1月31日、Hillerød(ヒレレズ)で逝去。Louis Poulsenとの協働は最晩年まで続いた。
Works|作品一覧
PH Three-Shade System | PH 3枚シェードシステム
PH 5 | PH 5
PH Artichoke | PH アーティチョーク
PH Snowball | PH スノーボール
PH Septima 5 | PH セプティマ 5
PH Four Shade Lamp | PH フォーシェードランプ
PH Louvre | PH ルーヴル
PH Grand Piano | PH グランドピアノ
Snake Chair | スネークチェア
References|参考文献・資料
Louis Poulsen(Poul Henningsen/PHシリーズ各製品資料)、Designmuseum Danmark、Lex(Dansk Biografisk Leksikon/PH-lampe/Kritisk Revy)