チークとアフロモシア――デンマーク家具はなぜ二つの木を使い分けたのか

パパベアチェアの木材から考える、1950年代のデンマーク家具と材料選択

チークとアフロモシア――よく似た二つの木

1950〜60年代のデンマーク家具を見ていると、一つの家具の中で木部の色や木目がわずかに違って見えることがあります。たとえば、ハンス・J・ウェグナーの《AP19 パパベアチェア》。A.P. Stolenによるヴィンテージ個体には、アーム先端の「爪」にチークを使いながら、脚にはアフロモシアを使ったと記録されているものがあります。長い年月を経た二つの木は、どちらも深い褐色へと変化し、一見するとよく似ています。しかし、チークとアフロモシアは植物学的にはまったく別の木です。

チークの学名は Tectona grandis。インド、ミャンマー、タイ、ラオスなど南・東南アジアを中心に生育し、古くから家具、建築、船舶などに利用されてきました。黄褐色から黄金色を帯びた褐色へ変化する美しい色合いに加え、寸法安定性と耐久性に優れています。また、木材そのものに油分を含み、水や湿気にも比較的強いことから、船舶用材としても高く評価されてきました。一方、アフロモシア Pericopsis elata は西・中央アフリカに分布する木です。「African Teak(アフリカンチーク)」と呼ばれることがありますが、植物学的にはチークとは異なります。それでもこの名称が使われてきたのは、外観と木材としての性質がチークによく似ているためです。

アフロモシアは伐採直後には黄褐色をしていますが、時間の経過とともに深い褐色へ変化します。木目も比較的細かく、経年したチークと並べると、見た目だけでは判別が難しい場合があります。さらに、単に外観が似ているだけではありません。アフロモシアは密度が高く、強度と耐久性にも優れています。英国のTimber Development UKでは、チークに似ながらより細かな木肌を持ち、チーク特有の油っぽさが少ない材として紹介され、いくつかの機械的性質ではチークを上回るとされています。つまりアフロモシアは、チークの色だけを似せた木ではなく、家具材として必要な性能を備えていたからこそ、チークに近い用途で利用されるようになった木材なのです。

1950年代のデンマーク家具とタイ産チーク

デンマーク家具に使われたチークというと、最高級材として知られる「ビルマチーク」を思い浮かべることがあります。しかし、戦後のデンマーク家具を考えるうえでは、タイ産チークの存在も非常に重要です。デンマークとタイのチーク交易には長い歴史があり、戦後の家具産業の拡大とともに、タイ産チークが大量にデンマークへ輸入されました。

家具史研究者Maggie Taftの研究によれば、1952年から1957年にかけて、チークはデンマークの家具職人やメーカーに非常に多く使用される木材となりました。France & Sønでは使用量が大きかったため、タイ国内であらかじめ家具製作用の寸法に製材してからデンマークへ輸送していたともされています。ここで注意したいのは、タイ産チークを「ビルマチークより一段下の材料」と単純に位置づけることはできないという点です。

フィン・ユールとニールス・ヴォッダーによるキャビネットメイカー家具にも、タイとの関係を示す「Bangkok teak」の使用例が確認されています。Phillipsが扱った1950年代製《FJ45》では材質として「Bangkok teak」が明記され、《FJ53》や初期の《Chieftain Chair》にも同様の記録があります。当時の天然タイチークは、量産家具だけに使われた材料ではありません。ニールス・ヴォッダーのような最高峰の家具職人が扱う作品にも選ばれる、一級の家具材だったのです。

チークを量産するという課題

家具材として非常に優れたチークですが、大量加工という視点から見ると、一つの問題があります。それが切削工具の摩耗です。「チークは油分が多いから刃物を傷める」と説明されることがありますが、木材加工の観点では、工具摩耗の重要な要因として木材中に含まれるシリカが挙げられます。チーク自体は比較的加工しやすい材ですが、シリカによって刃物が鈍りやすくなります。また、天然の油分を含むため、接着や塗装でも表面処理に注意が必要となる場合があります。

一脚の家具を職人が時間をかけて仕上げるのであれば、こうした性質は大きな問題にならないかもしれません。しかし1950年代、Danish Modernは職人による小規模な家具製作から、欧米市場へ大量に輸出する産業へと急速に変化していました。何百脚、何千脚という家具を機械で生産するようになれば、刃物の交換や研磨にかかる時間は、そのまま生産効率に影響します。優れた家具材であることと、大量生産に適していることは、必ずしも同じではありません。

この問題に積極的に対応したメーカーの一つが、France & Daverkosen、後のFrance & Sønです。同社では1950年代前半、Charles Franceがタングステンカーバイドを用いた耐摩耗性の高い切削工具を導入し、チークを効率的に機械加工する体制を整えたとされています。その初期の家具の一つとして知られているのが、フィン・ユールの《Model 133 Spadestolen》です。重要なのは、「チークは量産できない木だった」ということではありません。その後、デンマークでは膨大な数のチーク家具が生産されています。むしろ、チークを効率よく大量加工するためには、工具や製造設備の側にも技術的な対応が必要だったということです。

アフロモシアはなぜ選ばれたのか

ちょうどDanish Modernが急速に成長していた時期、アフロモシアも国際木材市場へ本格的に登場します。PROTAの資料によれば、アフロモシアの国際的な商業伐採は1948年にガーナで始まり、その後コートジボワールなどへ広がりました。家具、建具、床材、船舶など幅広い用途に利用され、チークに近い性質を持つ木として国際市場で知られるようになります。

当時の家具メーカーの立場から見ると、アフロモシアにはいくつもの利点がありました。まず、チークと外観がよく似ています。家具の一部分だけを別の木へ置き換えたとしても、全体の印象を大きく変えずに済みます。また、硬さと強度があり、脚やフレームのように荷重を受ける構造部材にも使用できます。さらに、チークほど油性が強くなく、加工上の性質も異なります。

つまりアフロモシアは、「本物のチークが使えないから仕方なく選ばれる木」というよりも、チークと調和する外観を持ちながら、家具材として十分な性能を備えた木材でした。France & Sønが工具の改良によってチークの量産に対応した一方で、別の家具メーカーが部材や用途に応じてチークと性質の近い木材を使い分けたとしても不思議ではありません。1950年代の家具産業が工芸的な生産から工業的な生産へと広がっていく過程を考えれば、アフロモシアという選択肢には十分な合理性があったと考えられます。

パパベアチェアに見る二つの木の使い分け

この二つの木の関係を考えるうえで興味深いのが、ハンス・J・ウェグナーの《AP19 パパベアチェア》です。A.P. Stolenによって製作されたヴィンテージ個体には、アーム先端の「爪」にチーク、脚にアフロモシアを使用したと記録されている例があります。国内ヴィンテージショップLUCAが扱った個体にも、「Teak nails, Afrormosia legs」という記述があります。なお、この個体を紹介するページタイトルには「1954」とありますが、本文では製造年代を1950〜60年代頃としており、個体そのものを1954年製と断定できる資料ではありません。また、別の個体では爪にローズウッド、脚にアフロモシアという組み合わせも確認されています。

ここで興味深いのは、同じ椅子の中でも、視覚的に強く意識される部分と構造を支える部分で異なる木材が使われていることです。パパベアチェアのアーム先端から突き出す「爪」は、この椅子を象徴する造形の一つです。手に触れ、視線を集める部分にチークやローズウッドを使い、床に近く視覚的な影響が比較的小さい脚には、色調の近いアフロモシアを使う。そうすれば、家具全体の印象を保ちながら、異なる木材を組み合わせることができます。

構造上の理由も考えられます。アフロモシアは硬く、強度にも優れています。椅子の脚には垂直方向の荷重だけでなく、立ち座りによって横方向の力も加わります。細く削り出した脚に強度のある木材を使うことには、構造的な合理性があります。また、1950年代のデンマーク家具産業が急速に拡大していたことを考えれば、加工効率や材料供給も無関係ではなかった可能性があります。天然木材である以上、チークの品質、寸法、価格、供給量が常に一定だったわけではありません。同じ時期に国際市場へ流通し始めたアフロモシアを、チークと組み合わせることのできる材料として利用したとしても不自然ではありません。

ただし、ウェグナー本人やA.P. Stolenが、パパベアチェアにおける二つの木の使い分けについて理由を明確に説明した一次資料は、現時点では確認できていません。「チークが不足したため脚をアフロモシアに変更した」と直接証明する資料もなく、価格だけが理由だったとも、加工性だけが理由だったとも言えません。外観、強度、加工性、価格、供給といった複数の条件が重なった結果として、アフロモシアが選択された可能性を考えるのが現時点では自然でしょう。

「代替材」は格下の材なのか

アフロモシアについて調べると、「teak substitute=チークの代替材」という表現がしばしば使われています。しかし、「代替材」という言葉を、そのまま「価値の低い木」と読み替えるべきではありません。アフロモシアは家具だけでなく、床材、建具、船舶など、高い強度や耐久性が求められる用途に使用されてきた木材です。

現在では、過剰な伐採による資源量の減少を背景として、Pericopsis elata はCITES附属書IIの対象となっています。現在の視点から見れば、1950〜60年代の家具に使用されたアフロモシアもまた、簡単に置き換えることのできない貴重な材料です。「本物のチークではないから価値が低い」のではありません。

むしろ重要なのは、当時の家具製作において、異なる木材がそれぞれの性質に応じて選択されていた可能性を見ることです。デザインを考えるとき、私たちはどうしても形やデザイナーの名前に注目します。しかし家具は、材料の入手可能性、加工技術、生産規模、構造上の要求といった現実的な条件の中でつくられています。チークとアフロモシアの併用も、そのような条件と無関係ではなかったはずです。

一本の脚から、家具がつくられた時代を見る

ヴィンテージ家具を見ていると、脚だけがわずかに違う色に見えることがあります。それを単なる木材の個体差として見過ごしてしまえば、それ以上のことは分かりません。しかし、「なぜ違うのだろう」と考えてみると、その一本の脚から1950年代の家具産業が見えてきます。

タイからデンマークへ運ばれた大量のチーク。その材を削り、フィン・ユールの造形を実現したニールス・ヴォッダー。切削工具を改良し、チーク家具の工業生産を進めたFrance & Søn。そして同じ時代に、アフリカから国際市場へ入り始めたアフロモシア。A.P. Stolenのパパベアチェアに残されたチークとアフロモシアの組み合わせも、こうした大きな変化の中に置いてみると、違った意味を持って見えてきます。

1950年代のデンマーク家具は、優れた職人が美しい家具をつくった時代であると同時に、工芸と産業、手仕事と機械加工、天然木材と量産が交差した時代でもありました。アフロモシアが選ばれた理由を直接示す一次資料は、現時点では確認できていません。しかし、外観、強度、加工性、材料供給という条件を重ねて考えると、アフロモシアは「チークがなかったから仕方なく使われた木」というよりも、チークと調和する外観を保ちながら、家具製造に求められる性能や合理性を満たすために選ばれた材料の一つだった可能性があります。

家具に使われている木の名前を知ることは、単なる材種判別ではありません。なぜ、この場所に、この木が使われているのか。その問いを持つことで、完成した家具の造形だけでは見えてこない、材料の流通、製造技術、そして当時の家具メーカーの判断まで読み取ることができます。チークとアフロモシア。よく似た二つの木の違いは、Danish Modernが美しさと合理性をどのように両立させていったのかを考える、一つの手がかりなのです。

参考資料

  • Maggie Taft, The Chieftain and the Chair: The Rise of Danish Design in Postwar America
  • The Art Newspaper, “How Danish design helped shape 1950s American design culture and taste”
  • Phillips, Finn Juhl / Niels Vodder《FJ45》《FJ53》《Chieftain Chair》作品資料
  • Timber Development UK, “Afrormosia”
  • Woodworking Network, “Afrormosia: African teak”
  • USDA Forest Products Laboratoryを基礎資料とするTeak木材特性資料
  • PROTA, Pericopsis elata
  • LUCA Scandinavia, A.P. Stolen《AP19 Papa Bear Chair》ヴィンテージ個体資料
PAGE TOP