About
Designer: Finn Juhl(フィン・ユール)
Manufacturer: France & Søn(フランス&サン)
Year: 1954
Material: Teak, Rosewood, Fabric, Leather
Size: W77 × D77 × H80 cm / SH43 cm
Story
FD133、通称「スペードチェア」は、フィン・ユールが1954年に発表した代表的な作品のひとつです。この椅子は、彼のデザイン哲学である「運ばれるもの」と「運ぶもの」の分離を継承しつつ、工業生産を前提とした合理性を取り入れることで、デンマーク・モダンデザインに新たな地平を切り開きました。
スペードチェアという愛称は、アームレストの独特なフォルムに由来します。スコップの柄を思わせる優美な曲線は、手に馴染む握り心地と視覚的な軽やかさを兼ね備えており、彫刻的な美意識が如実に表れています。チークやローズウッドから削り出されたアームレストは、家具というよりも芸術作品の一部といえる存在感を放っています。
この椅子が発表された背景には、フランス&ダーヴァーコーセン(のちのフランス&サン)との協業がありました。それまでユールの作品は、ニールス・ヴォッダーらによる限定的な職人製作に支えられていましたが、FD133は初めて大規模な工業生産へと踏み出したモデルでした。これにより、ユールの芸術的なビジョンは広く一般市場へと届けられ、デンマーク家具の国際的な普及に大きく寄与しました。
構造面では、輸出を考慮した「ノックダウン」方式が採用されました。分解・再組み立てが可能な設計は、輸送コストを抑えると同時に、海外市場での需要に応える重要な工夫でした。芸術性を妥協することなく合理性を実現したこの点こそ、スペードチェアがデンマーク・モダンの商業的成功を象徴する理由です。
素材や仕上げには多様なバリエーションが存在します。標準的なチーク材モデルのほか、希少なローズウッド材を用いた限定的な生産も行われました。初期は取り外し可能なルーズクッション仕様、後期には固定式の座面が採用されるなど、時期による構造的変化も見られます。こうした仕様の違いは、現在ヴィンテージ家具として評価される際の重要な要素となっています。
FD133は単なる一脚の椅子ではなく、ユールの芸術性と商業性の調和を体現した記念碑的な作品です。その存在は、デザインが芸術・産業・人間の身体性を結びつける力を持つことを、今なお強く示しています。