デンマークモダンの双璧:ハンス・J・ウェグナーとフィン・ユールの対照的な関係性


デンマークモダンを形づくった二人の巨匠

20世紀中頃、デンマークデザインの黄金期を築いたハンス・J・ウェグナー(Hans J. Wegner, 1914–2007)とフィン・ユール(Finn Juhl, 1912–1989)。

二人は同じ時代に活躍しながら、まったく異なる方向からデンマークモダンを発展させました。ウェグナーは職人の技を極め、木の構造と機能の中に美を見出しました。一方のユールは芸術と建築を背景に、家具を彫刻のように造形し、空間全体をデザインとして捉えました。

協働することはなかったものの、二人の存在は互いに刺激し合い、デンマークデザインに深い広がりをもたらしました。


構造の中に宿る静かな美しさ ― ハンス・J・ウェグナー

ウェグナーは家具職人の家に生まれ、14歳で修行を始めました。素材と構造を知り尽くした上で、無駄を削ぎ落とした機能美を追求します。

代表作〈ザ・チェア〉や〈Yチェア〉に見られる曲線の一体感、継ぎ目の丁寧な仕上げは、職人としての経験と建築的な理性が融合した結果です。椅子を「使う人のための構造」として設計しながら、同時に「形そのものの美しさ」も追求しました。

ウェグナーを支えたのが、ヨハネス・ハンセンの工房です。卓越した技術を持つ職人たちと協働することで、彼のアイデアは細部まで正確に形となり、デンマーク家具の信頼性を世界へと広めました。


彫刻のような家具と空間の詩学 ― フィン・ユール

ユールはもともと芸術史を志していましたが、のちに建築の道に進みます。職人としての訓練を受けていなかった彼は、常識にとらわれない自由な発想で家具をデザインしました。

〈チーフテンチェア〉や〈NV45〉など、彼の代表作は座面や背もたれがフレームから浮かび上がるような構造を持ち、まるで生き物のような柔らかさを感じさせます。構造を隠すのではなく、形そのものを有機的にデザインすることで、家具に彫刻的な生命を与えました。

自邸(1942年)では、家具を建築の要素として組み込み、空間全体を一つの作品として構成しています。この統合的なアプローチは、後の北欧デザインにおける「住まいと芸術の調和」という思想へとつながりました。


二つの美学がもたらした調和

ウェグナーとユールの作品は、性質こそ異なりますが、いずれも素材に対する深い敬意に基づいています。ウェグナーは木の構造そのものを美として見せ、ユールはその形を詩的に表現しました。

ウェグナーの椅子が日常の中に溶け込む“普遍のデザイン”であるのに対し、ユールの家具は芸術作品のように空間を主張します。ひとりは「機能の中に美を見出す人」、もうひとりは「美の中に機能を見出す人」でした。

この二つの視点が共存したことで、デンマークモダンは量産品とは一線を画す奥行きを持ち、世界中で評価される文化的運動へと成長しました。


受け継がれるデンマークモダンの精神

ウェグナーの椅子に見られる誠実な構造美、ユールの家具に宿る感情的な造形。どちらもデンマークの自然や人の営みに根ざしたデザインです。

二人が異なる道を歩んだからこそ、デンマークデザインは職人の手仕事と芸術的表現という二つの翼を持つことができました。今なおその精神は、現代の北欧デザインにも脈々と受け継がれています。


(展示情報)

織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura


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