ハンス・J・ウェグナーとカール・ハンセン&サン──デンマークモダンを確立した永続的な提携関係


デンマークデザイン黄金期を支えた協働

20世紀中葉、デンマークデザインの黄金期を築いた最も象徴的なパートナーシップのひとつが、ハンス・J・ウェグナーとカール・ハンセン&サンの関係です。
ウェグナー(1914–2007)は生涯で500脚以上の椅子をデザインし、「椅子の巨匠」として知られる存在となりました。
その背景には、クラフトマンシップを重んじる家族経営のメーカー、カール・ハンセン&サン(Carl Hansen & Søn)の存在がありました。

1908年に創業したこの工房は、質の高い木工技術を誇りながらも、1930年代の世界恐慌を経て新たな方向性を模索していました。
1949年、二代目のホルガー・ハンセンは、ウェグナーに自社生産・直販のための新しい椅子コレクションを依頼します。
この決断は、従来の販売構造から脱却し、品質とデザインを一体化させた「ブランドとしての家具づくり」への転換点となりました。


最初の傑作群の誕生 — 新しい時代を告げた四脚

ウェグナーは依頼を受けるとすぐに新しいデザインに取り組み、ハンセン家に滞在しながら職人たちと試作を重ねました。
1950年、ついに最初のコレクションとして「CH22」「CH23」「CH24」「CH25」の4脚が誕生します。

これらの椅子には、木材の精度の高い加工技術、手織りのペーパーコード座面、そして明るい色調のオークやビーチ材が採用されました。
特に「CH24(ウィッシュボーンチェア)」は、中国明代の儀礼椅子から着想を得た独自のフォルムを持ち、軽やかさと構造的強度を兼ね備えた設計でした。
このシリーズは、デンマーク家具の国際的な成功を象徴する存在となります。


CH24 ウィッシュボーンチェア — デザインの象徴として

「CH24」は、ウェグナーとカール・ハンセン&サンの提携を象徴する作品です。
14の部品で構成され、製作には100以上の工程が必要とされます。
その多くが職人による手作業で行われ、一脚を完成させるのに約3週間を要します。

座面には120メートル以上のペーパーコードを使用し、「エンベロープパターン」と呼ばれる織り方によって快適性と耐久性を両立しています。
この緻密な手仕事は、現在もデンマーク・ゲルステッドの本社工場で受け継がれています。

発売から70年以上経った今も生産が続くCH24は、世界中で愛され続ける「普遍の椅子」です。
特に日本では年間生産量の4分の1以上が出荷されており、そのシンプルで有機的なデザインが日本の美意識と深く響き合っています。


技術の進化 — 未完のデザインを現代に

ウェグナーの構想には、当時の技術では実現が難しかった作品も多く存在しました。
その代表が1956年の「CH20 エルボーチェア」です。
背もたれを一本の木材から蒸気曲げで形成し、座面下には成形合板の補強を組み込むという革新的な構造でしたが、当時は量産が困難でした。

約半世紀を経て2005年、カール・ハンセン&サンはCNC技術と新素材を導入し、このデザインを初めて実現します。
「CH20」は同年のICFF(ニューヨーク国際家具フェア)でエディターズアワードを受賞し、モダンクラシックとして再評価されました。

同様に、1955年デザインの「CH88」も2014年のウェグナー生誕100周年を機に初めて製品化されました。
これらの復刻は、単なる再生産ではなく、ウェグナーの未完のビジョンを現代技術で完成させる行為でした。


レガシーとブランドの進化 — 継承される精神

ウェグナーのデザインは、カール・ハンセン&サンの哲学そのものを形づくっています。
現CEOのクヌード・エリク・ハンセン(三代目)は、「ウェグナーの精度と誠実さこそが、我々の基準を作った」と語っています。

2014年には、1950年にウェグナーが手掛けたロゴを再び採用し、ブランドの原点回帰を明確にしました。
さらに、同社は王室御用達の称号を授与され、品質基準が国家的にも認められる存在となりました。

ウェグナーのデザインは静的な遺産ではなく、常に「進化するレガシー」として扱われています。
2022年には、デザイナーのイルゼ・クロフォードと協業し、CH24の新しいカラーバリエーションを展開。
また、2024年には子ども用の「CH24 チルドレン・ウィッシュボーンチェア」も登場し、世代を超えてその精神が受け継がれています。


永続する協働の価値 — デンマークモダンの原点として

ハンス・J・ウェグナーとカール・ハンセン&サンの関係は、単なるデザインと製造の提携ではありません。
それは、「誠実なクラフトマンシップが時代を超えて人の心に響く」という理念の具現化でした。

彼らの協働は、形態と機能、品質と快適性、そして素材への深い敬意を融合させた「人間中心のデザイン」を確立しました。
この哲学は、現代のサステナブルデザインにも通じています。

ウェグナーの思想とカール・ハンセン&サンの技術は、今もなお未来へと受け継がれ、
デンマークモダンの象徴として世界のインテリア文化に息づいています。


(展示情報)

織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura


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