ハンス・J・ウェグナーとサレスコ協同組合 — デンマーク・モダン輸出戦略における「分業と統合」の興亡


デンマーク・モダンの黄金期を支えたサレスコ協同組合(Salesco)は、戦後の国際需要の高まりに対応するため、複数の工房やメーカーが協働して輸出体制を構築した画期的な組織でした。ハンス・J・ウェグナー(Hans J. Wegner, 1914–2007)はその中心的存在として、デザインと生産を結びつける「統合の設計者」としての役割を果たしました。ウェグナーの創造性とサレスコの商業的仕組みは、デンマーク・モダンの国際的成功を生み出す原動力となりましたが、同時に職人技の純粋性と商業的効率の対立という構造的矛盾を孕んでいました。


協同組合の成立と革新

1950年代初頭、デンマーク家具産業は個々の工房が手工業的に生産する伝統的システムを維持しており、急拡大する海外市場に対応できないという限界に直面していました。この課題を解決するために設立されたのがサレスコ協同組合です。Carl Hansen & Søn、Getama、A.P. Stolen、Ry Møbler、Andreas Tuckといった主要メーカーが加盟し、販売・物流・プロモーションを統合することで、デンマーク家具を国際的に発信する基盤を築きました。この協同組合モデルは、デンマークで成功していた農業協同組合の理念を家具産業に応用したもので、各工房の独立性を保ちながらも輸出におけるスケールメリットを実現するものでした。


ウェグナーの統合デザイン戦略

ウェグナーはサレスコにおいて、事実上の「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」として機能しました。彼は各メーカーの技術的特徴を理解し、それぞれの強みを活かした設計を分担させました。Carl Hansen & Sønには木工のダイニングチェア(CH24など)、Getamaには張りぐるみのソファ、Ry Møblerには収納家具、A.P. Stolenには高級イージーチェア、Andreas Tuckにはテーブルといったように、分業と統合の体制を築いたのです。この仕組みにより、サレスコは高品質かつ統一感のある製品群を世界市場に供給することに成功しました。ウェグナーのデザイン言語がサレスコ全体のブランド価値を支え、同時にデンマーク・モダンの国際的地位を確立する象徴となりました。


商業的成功と内部の矛盾

1960年代に入ると、サレスコはカタログの国際配布や海外見本市への出展など積極的な販促活動を行い、デンマーク家具のブランド価値を高めました。しかし、成功の影で「創造的自律」と「商業的効率」をめぐる対立が顕在化します。経営陣は生産の標準化とコスト削減を求め、ウェグナーは職人技と品質維持を主張しました。さらに、1966年のケルン見本市でイタリアやフィンランドの革新的デザインが注目され、従来の木工中心のデンマーク家具は時代遅れと見なされるようになります。こうした外部環境の変化に対し、協同組合の意思決定構造は硬直化し、革新への迅速な対応ができないという限界が露呈しました。


崩壊の始まりとウェグナーの離脱

1968年、サレスコは米国市場での拡大を狙い、ジョージ・ジェンセンInc.と提携してニューヨークにショールームを開設しました。しかし高価格設定と運営コストの負担により、わずか3か月で撤退に追い込まれます。この失敗は財務を直撃し、経営陣とウェグナーの対立を決定的なものにしました。ウェグナーは商業的妥協を拒み、1969年にサレスコを離脱します。その後、彼はPP Møblerのような小規模工房と協働し、再び純粋なクラフトマンシップの世界へと回帰しました。サレスコは1972年に経営破綻を迎え、デンマーク家具輸出の象徴的モデルは短命に終わります。


歴史的評価と遺産

サレスコ協同組合はわずか20年ほどの活動期間ながら、デンマーク家具輸出の仕組みを根本的に変革しました。複数の工房が連携し、統一ブランドとして世界市場に挑んだこの試みは、今日の北欧デザイン輸出モデルの先駆的事例といえます。ウェグナーにとってサレスコとの経験は、創造と商業の均衡を模索した苦闘の時代でしたが、結果的に彼を純粋主義的デザイナーとしての道に導きました。サレスコの興亡は、デンマーク・モダンが到達した国際的成功と、その裏に潜む構造的矛盾を象徴する歴史的エピソードとして今も語り継がれています。


(展示情報)

織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura


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