ハンス・J・ウェグナーとジェンス・リム:デンマーク・モダンを支えた不可視の協働関係


共通のルーツと初期の協働関係

ハンス・J・ウェグナー(Hans J. Wegner, 1914-2007)は、若くして家具職人として修行を積み、木材の特性を深く理解していました。彼が1940年代後半にデザイナーとして活動を本格化させた時期、試作品の製作現場では、設計図を実際の家具へと転化させる高い専門技術が不可欠でした。ジェンス・リム(Jens Lim)はまさにその技術的パートナーとして、構造的な耐久性を検証し、形状と強度のバランスを整える役割を担ったと考えられます。ウェグナーが追求した有機的な曲線や複雑な接合構造は、リムのような熟練職人の実験的手法なしには実現し得なかったものでした。


構造調整という専門技術

リムが行った「構造調整」は、単なる製造工程ではなく、木工における応用材料工学とも言えるものでした。椅子やテーブルの各部材がどのように応力を受け、どの部分に改良を加えるべきかを判断する。これにより、ウェグナーのデザインが実用的な家具として成立する基盤が築かれました。例えば、1949年発表の「ザ・チェア(The Chair)」に見られる複雑な曲線接合や、1940年代のチャイニーズチェアにおける高精度のほぞ構造などは、リムのような職人の調整技術があってこそ完成されたものと推測されます。


細部仕上げに見るリムの哲学

リムの仕事は構造の裏付けにとどまらず、表面的な仕上げにも及びました。曲線をなめらかに整え、接合部をシームレスに仕上げる作業は、ウェグナー家具特有の触感的な魅力を決定づけました。この細部仕上げの精度が、展示会での印象や、後の国際的な評価に直結したといえます。リムの職人としての信念は、「見えない部分にこそ真の価値が宿る」というデンマーク家具の根本的理念と深く響き合っていました。


歴史に埋もれた職人の記録

ジェンス・リムに関する文献はきわめて少なく、その存在は長らく匿名の技術者として語られてきました。これは、デザイン史が往々にしてデザイナー個人の創造性を中心に記述され、職人の貢献が記録されにくいという構造的問題に起因しています。しかし、リムのような人物がいたからこそ、ウェグナーのデザインは単なる理想ではなく、現実の家具として成立しました。彼の存在は、デンマーク・モダンが単なる造形運動ではなく、デザイナーと職人の共同作業による「機能美の文化」であったことを示しています。


デンマーク・モダンにおける協働の意義

ウェグナーとリムの関係は、デザイナーと職人の理想的な協働関係を象徴しています。ウェグナーが創造した線や曲面は、リムの手によって現実の構造として検証され、改良されていきました。この往復運動こそが、デンマーク・モダンの家具が時代を超えて評価される理由です。リムの技術的な洞察とウェグナーの芸術的感性が交わることで、木という素材が持つ限界を超える作品が生まれたのです。


(展示情報)

織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura


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