対立から生まれた創造のバランス
20世紀半ば、デンマークは機能性と美しさを融合させた「モダンデザイン」の中心地となりました。その流れを牽引したのが、ハンス・J・ウェグナーとボーエ・モーエンセンの二人です。
同じ時代を生き、同じ師から学びながらも、二人のデザインには明確な違いがありました。
ウェグナーは形の詩を追い求めた“構造の彫刻家”、モーエンセンは社会的使命を重んじた“倫理の機能主義者”。彼らの関係は、互いに対立しながらも、デンマーク・モダニズムの理想を磨き上げていく「創造的な緊張関係」にありました。
共通の出発点:師コーア・クリントの教え
二人が出会ったのは、コペンハーゲンの王立デンマーク美術アカデミー。そこで彼らは、家具デザイン教育の基礎を築いたコーア・クリントに学びました。
クリントは「歴史的な家具を研究し、人間の体に合わせて再構築する」という独自の教育方針を持ち、合理性と倫理を重んじた指導で知られています。
モーエンセンはその教えを社会的実践へと発展させ、生活者に寄り添う家具を目指しました。ウェグナーは逆に、木材の特性や構造の美を探求し、デザインを芸術的な領域に押し上げました。
共通の出発点を持ちながら、彼らが目指した“良いデザイン”の方向は次第に分かれていったのです。
機能性と実験精神:異なるデザイン哲学
モーエンセンは「家具は使う人のためにある」と考え、装飾を排して実用性を徹底しました。代表作「J39(ピープルズチェア)」は、丈夫で手の届く価格の“市民のための椅子”として今も愛されています。
その堅実な設計思想は、無駄のないフォルムや経年変化を受け入れる素材選びにも表れています。
一方のウェグナーは、「実験を恐れてはデザインが退屈になる」と語り、自由な形の探求を続けました。
「ザ・チェア(JH501)」や「ピーコックチェア」に見られるように、木のしなやかさと構造の美を融合させ、椅子という日用品を芸術作品のように仕立て上げたのです。
モーエンセンが“倫理と秩序”を守る存在であったのに対し、ウェグナーは“創造と詩情”を解き放つ存在でした。二人の違いが、デンマークデザインの幅と深さを形づくりました。
構造と素材に見る、ふたりの世界観
モーエンセンの家具には、どこか静けさと安心感があります。オークやビーチといった堅牢な木材を使い、視覚的にも落ち着いた印象を与えます。家具が生活空間の背景に溶け込むよう意図されており、その控えめな美しさこそ彼の信条でした。
一方、ウェグナーは木材を“語る素材”として扱いました。チークやローズウッドを大胆に用い、曲線や接合部に彫刻的な動きを与えることで、見る者に感情を喚起します。
構造そのものがデザインとして成立している点に、彼の革新性がありました。
モーエンセンが“秩序を築く建築家”なら、ウェグナーは“構造で詩を描く彫刻家”。同じ木工技術から生まれた二人の家具は、まったく異なる表情を見せます。
永続する対話:デンマークデザインの本質へ
対立しながらも互いを高め合った二人の関係は、まさにデンマークデザインの象徴といえます。
モーエンセンの機能主義はウェグナーに実用性の基準を与え、ウェグナーの造形美はモーエンセンに感性的な刺激をもたらしました。
この“必要な対立”こそが、デンマーク家具を単なる日用品から文化的価値を持つデザインへと進化させた原動力でした。
彼らが示した「誠実なものづくり」と「創造への探求心」は、今も世界中のデザイナーの中で生き続けています。
(展示情報)
織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura
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