私は、バレットチェアは“椅子”ではなく、「家具と彫刻の境界にある作品」に近い存在だと思っています。
もちろん座ることはできます。しかし、この作品は最初から「座るための椅子」として成立しているわけではありません。服を掛け、時計を置き、人が一日を終える行為そのものを受け止めるための存在です。だからこそ、ウェグナー作品の中でもかなり異質です。
ウェグナーの家具は本来、身体、構造、木工合理性、座り心地といった「道具としての必然性」が非常に強いデザイナーです。なぜこの形なのか、なぜこの構造なのか、その多くを説明できる。しかしバレットチェアは、そこから少し外れている。
初期の四本脚プロトタイプは、もっと実用的でした。安定感があり、構造も家具として理解しやすい。つまり、まだ“家具”としての合理性が強かった。しかし三本脚へ変更されたことで、この作品は急激に彫刻的になります。
後脚から背へ伸びるライン、ハンガーのようなシルエット、細く緊張感のある脚部。合理性だけでは説明できない、美しさそのものが前へ出てきます。ここは、普通のウェグナー作品にはあまり見られない感覚です。
さらに素晴らしいのが、背の接合部分です。中央に入る細い接合のラインは、単なる装飾ではなく、構造と造形が完全に一体化している。木が受ける力や割れの方向まで理解した上で成立しており、補強でありながら、同時に造形の緊張感そのものになっています。
特にあの中央のラインには、どこか人体の“背骨”のような感覚すらあります。後脚から背へ流れるラインと一体化することで、この椅子には不思議な生命感が生まれている。
そして、この方向性には、幼少期から木彫に強く惹かれていたウェグナーの造形感覚が色濃く表れています。
ウェグナーは若い頃、木彫刻家を志していたとも言われており、幼少期から木彫りの小像を制作していました。特に三本脚モデルへ変化したことで、合理性よりもフォルムの緊張感や造形の美しさが強く前へ出た。線で構成するというより、塊を削り出すような感覚があり、後脚から背へ繋がるラインには、木彫作品のような空気すらあります。
もちろん、木工としては成立しています。接合も、荷重も、構造も、すべて高いレベルで解決されている。しかし目的が少し違う。
これは「良い椅子」を作ろうとした作品というより、ウェグナーが家具と彫刻の境界へ踏み込んだ結果、生まれた作品なのだと思います。
さらに、デンマーク国王フレデリク9世へ納品する背景も、この作品を特別な方向へ押し上げた気がします。単なる量産家具ではなく、“特別な存在”として求められたことで、ウェグナー自身も合理性だけでは終わらせなかった。
その結果、ウェグナー作品の中でも極めて異例な、静かで緊張感のあるフォルムへ到達したのだと思います。
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