最初の展示ブースと美術館に収蔵された初期作品
1941年、ハンス・J・ウェグナーは家具職人ヨハネス・ハンセンのために初めて展示ブースをデザインしました。オーフス市庁舎の家具設計で得た経験を踏まえ、素材と構造の関係を追求する新たな挑戦でした。このブースでウェグナーは、後年の代表作にも通じる「構造を見せる美学」を明確に提示しました。翌1942年には、キューバ・マホガニー材を用いた丸みを帯びた脚の格子椅子を発表します。職人の手による精緻な造形が特徴で、この椅子はデザインミュージアム・デンマークがヨハネス・ハンセンのブースで購入し、ウェグナー作品として初めて美術館に収蔵されました。素材の美と構造の誠実さを融合させたこの作品は、ウェグナーの思想的出発点を象徴しています。
コーア・クリントの影響とモーエンセンとの交流
1940年代初頭、デンマーク家具界ではコーア・クリントが提唱した機能主義的禁欲主義が主流でした。ボーエ・モーエンセンはその忠実な弟子として、比例体系と合理的設計に基づく家具づくりを推進していました。ウェグナーは同時代にこの潮流と向き合い、しばしばモーエンセンと議論を交わしました。1938年の家具職人組合展で発表したラウンジチェアには、すでに柔らかな曲線的造形が見られます。1942年の展示では、クリントが好んだキューバ・マホガニーを使いながらも四角い脚ではなく丸脚を採用し、構造に温かみをもたらしました。形式主義を越えて人間の感覚に寄り添う造形を追求したウェグナーの姿勢は、この時期から明確に現れています。
1944年のギルド展とフォルム・装飾・機能の統合
1944年の家具職人組合展で、ウェグナーはクリントの理論を深く理解しながらも独自の発展を見せました。魚をモチーフにした象嵌細工のキャビネット、真鍮の鋲を打ち込んだウィングチェア、そして英国風のキャスター付きソーイングデスクを展示。会場にはクリントのペーパーランプが吊るされ、学究的で整然とした空間が形成されました。一見禁欲的な構成の中に、キャビネット内部の装飾や細部の象嵌細工が潜み、抑制の中に芸術的自由を宿す構成となっていました。批評家たちはこの展示を通じ、ウェグナーがフォルム・装飾・機能の三要素を統合するデザイナーであることを認め始めます。
FDBと社会的家具デザインへの共鳴
同時期、ボーエ・モーエンセンはFDB(デンマーク生活協同組合連合)のデザイン責任者として「大衆のための家具」を推進していました。ウェグナーもその理念に共感し、職人技術と産業的生産を結びつける道を模索しました。ヨハネス・ハンセン工房で製作されたシェーカー様式のロッキングチェアは1944年にFDBへ移管され、デザインの民主化を象徴する試みとなります。英国やアメリカの伝統的家具の構造を再解釈し、職人の精度と量産の合理性を両立させたこれらの試みは、デンマークモダンの根幹を形成しました。
ピーターズ・チェアの誕生と友情の結実
1944年、ウェグナーはボーエ・モーエンセンの息子ピーターの洗礼祝いとして「ピーターズ・チェア」をデザインしました。この子ども用椅子は、接着剤もネジも使わずに組み立てが可能で、子ども自身が分解・組立を楽しめる構造を持ちます。安全性を考慮して角はすべて丸く仕上げられ、軽量かつ合理的なノックダウン構造が採用されました。このデザインはモーエンセンの「質素で普遍的な家具」への思想と、ウェグナーの「構造の見える美学」とが融合した象徴的な作品でした。モーエンセンはこの椅子をFDBの家具コレクションに加え、ウェグナーはそれに合うテーブルをデザインしました。両者の友情と理念の交差は、デンマーク家具の新しい方向性を示すものでした。
解放後の展示とデザインの再出発
1945年、デンマーク解放直後の家具職人組合展で、モーエンセンとウェグナーは共同で三部屋のアパートのインテリアをデザインしました。全体の家具はクリントの定式を踏襲しながらも、丸みを帯びた木製家具を加えることで温かみと柔軟性をもたらしました。リス・オルマンによる素朴なテキスタイルが使われ、フォルムと素材の調和を重視した空間は、戦後のデンマークデザインの再出発を象徴するものでした。翌1946年、ウェグナーはオルラ・モルガード・ニールセンとの出会いを経て、新たな創作段階へと歩みを進めます。構造の誠実さに有機的な曲線が加わり、後の代表作へとつながる「有機的構造の時代」がここから始まります。
(展示情報)
織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura
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