3つの画期的作品を同時に提示した1949年のウェグナー
デンマーク家具デザインが大きく前進した1949年において、もっとも注目された出来事のひとつが、ハンス・J・ウェグナーがラウンドチェアJH501、フォールディングチェアJH512、そして三つのパーツからなるシェルチェアという全く異なる方向性をもつ三つの椅子を同時に発表したことでした。この三作品はいずれも「座る」という行為に対する異なるアプローチを示しており、木工技術、機能、造形のすべてにおいて、それぞれ独立した頂点とも言える完成度を持っていました。素材も構造も方向性も異なる三つの椅子を同一年・同展示で提示したことは、ウェグナーの思考の幅と設計力の高さを決定的に示す出来事となり、デンマークデザインにおける大きな転換点として語り継がれています。
新技術と伝統技術の双方を示したシェルチェアとラウンドチェア
三作品のうち、デンマーク国内で特に注目されたのは航空機産業で用いられたラミネート技術を応用した大型シェルチェアでした。三枚の薄いプライウッドシェルを組み合わせ、軽量で大きく後傾する構造を実現したこの椅子は、量産に適した工業的アプローチを示すもので、新素材や新技術に向き合う1940年代後半の潮流を象徴していました。一方で、国際的に強い反響を生み出したのは、最も伝統的な無垢材構造を持つラウンドチェアJH501でした。ヨハネス・ハンセン工房で展示会直前に製作されたこの椅子は、1950年にアメリカの雑誌『Interiørs』で大々的に紹介され、「ザ・チェア」と呼ばれる象徴的存在となりました。400脚の注文依頼が届くほどの反響がありましたが、熟練職人による少量生産が前提の工房では大量生産に応じることが難しく、フリッツ・ハンセンへの委託生産が検討されるなど、手工芸と工業化の価値観の違いが明確に浮かび上がる出来事となりました。
3作品が示した“デザインの幅”と職人技・技術革新の両立
フォールディングチェアJH512は、折りたたみ機能を持ちながら、構造美と張りの合理性を両立させた作品として評価されました。ただ折りたためるだけでなく、編み込みの座面を構造の中に自然に組み込み、動きのある機構と木部の静かな造形を無理なく共存させている点が特徴でした。ラウンドチェア、フォールディングチェア、シェルチェアという三つの椅子は、木工の極み、構造の革新、工業化への展望という三つの異なる方向を同時に提示するものであり、ウェグナーの設計思想の広さと、1950年代以降のデザイン潮流の基礎を形作る重要な意義を持っていました。1949年は、デンマーク家具の職人技が海外市場で注目され始めたタイミングであると同時に、ウェグナーが木工家から工業生産に対応できるデザイナーへと発展していく節目でもあり、この三作品が一度に並んだ展示は国際評価の加速に大きな影響を与えました。
ブレダゲード65に見るウェグナーの空間表現
デンマークデザインミュージアム向かいのブレダゲード65に構えられたヨハネス・ハンセンのショップでは、ファサードとロゴを含む視覚デザインをウェグナー自身が担当しました。厳格で静かなモダニズムの構成は、家具と同様に構造の明快さを重んじる彼の姿勢をそのまま空間に置き換えたもので、工房で生まれた作品の魅力を最大限に伝える環境として大きな役割を果たしました。1949年に発表された三つの椅子と同じく、空間デザインにおいてもウェグナーは技術と美意識を一体のものとして扱い、その後のデンマークデザインの方向性に大きな影響を与えました。
(展示情報)
織田コレクション ハンス・ウェグナー展 ─ 至高のクラフツマンシップ
会期:2025年12月2日(火)〜2026年1月18日(日)
会場:渋谷ヒカリエ9F ヒカリエホール
公式サイト:bunkamura
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