Story
ニールス・ロス・アナセン工房は、20世紀後半のデンマーク家具史において、特異な役割を担った存在です。彼は新たなデザインを打ち立てる革新者ではなく、巨匠たちの作品を後世に伝える「後見人(forvalter)」としてその名を残しました。工房は、デザイナーが亡くなり、ブランド主導の大量復刻が始まる直前の時代に、職人技を守り続けた最後の独立したsnedkermesterの拠点でした。
工房の起源は、名職人ソーレン・ホーンの工房にあり、アナセンはその後継者(Eftf.)としてスタートしました。1980年代には「SH Eftf.」の刻印を掲げ、ホーンの信頼を引き継ぎましたが、やがて「NRA」刻印に切り替え、自身の名で評価を確立しました。この変遷は、単なる刻印の違いではなく、伝統の継承から独立した名工への歩みを示す重要な物語です。
1989年、フィン・ユールの死後、その未亡人から主要作品の製造権を託されたことで、工房は決定的な地位を得ました。チーフテンチェアやNV45など、最も製作が困難とされるデザインを、アナセンは時代に即した改良を施しながら忠実に製作しました。強度を増すための接合部の変更や、アームレスト素材の刷新などは、真正性と実用性のせめぎ合いを象徴するものでした。
さらに工房は、ヘルゲ・ヴェスターゴー・イェンセン、ラーセン&マドセン、さらにはハンス・J・ウェグナーの一部作品に至るまで、多様な巨匠の家具を製作しました。いずれも高度な職人技を要するデザインであり、工房がデンマーク・モダンの「マスターピース」を託される場であったことを物語っています。
2013年にカール・ハンセン&サンに吸収されるまで、工房は半世紀近くにわたり、デザイン遺産を未来へと橋渡ししました。育成した弟子たちの中には独自の工房を立ち上げた者も多く、その技術の継承は今なお続いています。アナセンは「職人技そのものの後見人」として、デンマーク家具史に深く刻まれています。
About
Year:1980年代〜2013年(2014年にカール・ハンセン&サンに統合)
President:Niels Roth Andersen
Designer:Finn Juhl(フィン・ユール)、Helge Vestergaard Jensen(ヘルゲ・ヴェスターゴー・イェンセン)、Ejner Larsen & Aksel Bender Madsen(アイナー・ラーセン&アクセル・ベンダー・マドセン)、Hans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)
Place:コペンハーゲン
History
1980年代初頭:ソーレン・ホーン工房を継承し、後継者(Eftf.)として活動開始
1980年代半ば:ヘルゲ・ヴェスターゴー・イェンセン作品(ラケットチェア、デイベッドなど)を継続製作
1980年代後半:「SH Eftf. Niels Roth Andersen Cabinetmaker」の刻印を使用
1989年:フィン・ユールの死去後、未亡人ハンネ・ヴィルヘルム・ハンセンよりチーフテンチェアなど主要作品の製造権を託される
1989年:NV45、NV48、NV49などユールの代表作を製作開始
1990年:チーフテンチェア製作に着手、ストレートジョイントを採用し強度を改良
1991年:ラケットチェアやロッキングチェアを製作、彫刻的なフォルムの再現で評価
1992年:NV45チェアの特注チェリー材モデルを製作
1993年:メトロポリタンチェア(ラーセン&マドセン)の製作を正式に開始
1994年:ウェグナーのチャイナテーブルを製作、工房の多様な技術力を証明
1995年:弟子クラウス・ヴィンター・アナセン、マルテ・ゴムセンらを育成
1996年:内部構造にフォームラバーを導入し、耐久性と快適性を両立
1997年:ユールの希少デザイン、ローテーブルやベッドサイドチェストを少数製作
1998年:「NRA」刻印へ移行、自身の名を冠した工房として独立性を確立
1999年:チーフテンチェアのアームをファイバーグラス化、実用性を重視した改良
2000年:世界唯一とされるキューバンマホガニー製チーフテンチェアを製作
2001年:ユール作品の復刻権がワンコレクションに移行、工房は特注製作を継続
2003年:オークションでNRA製チーフテンチェアが高値で落札され始める
2005年:少量生産に移行しつつも、高度な注文家具製作を継続
2007年:教育的役割を強め、若手職人に伝統技術を継承
2010年:研究者から「最後の独立したsnedkermester」と再評価される
2012年:メトロポリタンチェア製作が注目を集め、国際的な評価が高まる
2013年7月:工房がカール・ハンセン&サンに売却され、一時代が終焉
2014年:カール・ハンセン&サンがメトロポリタンチェアを再生産、工房の技術がブランドへ吸収
Furniture
・Chieftain Chair | チーフテンチェア
・NV45 Chair
・NV48 Chair
・NV49 Chair
・Racket Chair | ラケットチェア
・Daybed
・Rocking Chair
・Metropolitan Chair | メトロポリタンチェア
・China Table | チャイナテーブル
・Low Table(1961デザイン、少数製作)
・Bedside Chest(1961デザイン、限定製作)
・Cabinet、Sideboardなど特注家具