Story
エリック・キルケゴーは、デンマーク・モダンの黄金期において「椅子」という主題に徹底して向き合ったデザイナーです。建築的な骨格と有機的な曲線を両立させる造形感覚に優れ、構造の誠実さと快適性を同時に満たす設計を一貫して追求しました。華やかな逸話よりも、長年の使用に耐える道具としての完成度によって評価が積み上がってきた点に、彼の真価があります。
素材選択においてはチークやローズウッド、オークといった無垢材を好み、厚みのある材から大胆に削り出す彫刻的な手法を用いました。そこにブラックやコニャック色のレザーを合わせることで、時代を超えて通用する落ち着いた品格と、毎日の使用に適した実用性を実現しています。表面の美しさだけでなく、見えない接合部の強度やメンテナンス性にも配慮が行き届いています。
造形語彙としては、A字状に開く脚部、牛角(カウホーン)を思わせるアーム、背当たりを微細に調整した一体成形の背板などが挙げられます。いずれも視覚的な軽やかさと、着座時の安定を同時に成立させるための合理から導かれたもので、形態と機能が矛盾なく結びつく「デンマーク的な必然」を体現しています。
製造現場との緊密な協働もキルケゴーの強みでした。Høng Stolefabrikの高い木工技術に支えられ、複雑な三次曲面や負荷のかかる接合を量産レベルで成立させました。単発の発注ではなく、長期的な関係性の中でフィードバックを重ね、モデルごとの完成度を継続的に磨き上げていったことが、彼の作品の安定した品質を生みました。
同時代の巨匠との「対話」も感じられます。たとえばラウンディッドな一体成形フレームを持つモデル群には、ウェグナーの課題に独自の解を与えようとする姿勢が見て取れます。模倣ではなく、共有された設計テーマへの誠実な応答——その結果として、静かに強い個性を備えた椅子群が今日まで愛され続けています。
About
Year:1929–1986(異説あり)/主な活動期:1950年代–1960年代
Place:Copenhagen(コペンハーゲン)
Manufacturer:Høng Stolefabrik(ホン・ストールファブリック)、Glostrup Møbelfabrik(グロストラップ・モーベルファブリック)
History
1929:コペンハーゲンに生まれるとされる(生年には異説あり)
1940年代後半:指物師としての訓練を受け、木材加工と接合技術の基礎を固める
1950年代初頭:デンマーク王立芸術アカデミー系統で家具設計を学んだと伝わる(建築教育を併修した可能性もある)
1952:初期作のアームチェア(モデル42)を発表し、彫刻的フレームの方向性を確立する
1953:アームと背板を一体に連続させるコンセプトを深化させ、モデル43を展開する
1954:Høng Stolefabrikとの協働が本格化し、量産レベルの精度で曲面加工を実現する
1955:A字状の脚構成と厚みのある無垢材アームの研究を進め、構造安定と造形の軽快さを両立させる
1956:象徴作モデル49(いわゆるカウホーン的意匠)を発表し、評価を高める
1956:モデル53で貫構造の見直しを行い、横揺れ剛性と座り心地の調和を図る
1957:張り構造と無垢フレームの相互作用を再設計し、実用強度とメンテナンス性を改善する
1958:Glostrup Møbelfabrik向けに派生モデルを提案し、インテリア全体の統一感を意識した展開を試みる
1959:事務・教育施設向けの用途を視野に入れ、背当たりとアームのRを微調整する研究を継続する
1960:国際見本市で評価を獲得し、背板一体成形の椅子が賞を受けたと伝わる
1961:脚部のコンパス状配置に着想を得て、後のモデル52に通じる構成を検討する
1962:ローズウッド材の採用を広げ、重心位置と脚先端の設計に微調整を加える
1963:座面下の貫を最適化し、張り替え時の作業性と耐用年数の改善を図る
1964:ハーフアーム型(モデル48系)の量産安定化に成功し、飲食空間での採用が広がる
1965:背板とアームの接合角度を再定義し、肩周りの可動域を確保する形状に到達する
1966:コンパスチェア系の派生でキャスター対応案を検討し、ワークチェア領域に応用する
1967:厚革と高反発パディングの組み合わせによって座圧分散を改善する
1968:木口の見せ方と面取りの規格化により、量産時の仕上げ品質を平準化する
1969:在庫部材の規格統一を進め、モデル間でのパーツ互換性を高める
1970:輸出仕様の仕上げ差(塗装・張地)を整理し、海外市場での信頼性を向上させる
1971:教育施設・会議室向けバリエーションを拡充し、堅牢性規格の引き上げに対応する
1973:オイル仕上げのメンテナンスガイドを整備し、長期使用での経年変化を前提にした運用を提案する
1975:量産体制の見直しにより、曲面加工精度と歩留まりの両立を達成する
1978:小ロット特注への対応方針を明確化し、内装設計との協働体制を強化する
1980:主要モデルの再評価を行い、寸法体系とクッション硬度の細分化を実施する
1983:製造体制の変化に合わせ、金具仕様と接着剤の更新を進める
1986:逝去とされ、その後作品評価が再燃し、コレクターズ・マーケットで再評価が定着する
Furniture
・Model 42 Armchair | モデル42 アームチェア
・Model 43 Armchair | モデル43 アームチェア
・Model 48 Half Armchair | モデル48 ハーフアームチェア
・Model 49 Cow Horn Armchair | モデル49 カウホーン アームチェア
・Model 49B Armchair | モデル49B アームチェア
・Model 50 Dining Chair | モデル50 ダイニングチェア
・Model 51 Dining Chair | モデル51 ダイニングチェア
・Model 52 Compass Chair | モデル52 コンパスチェア
・Model 53 Armchair | モデル53 アームチェア
・Model 56 Armchair | モデル56 アームチェア
・Model 57 Dining Chair | モデル57 ダイニングチェア
・Model 60 Lounge Chair | モデル60 ラウンジチェア
・Model 62 Dining Chair | モデル62 ダイニングチェア
・Model 64 Side Chair | モデル64 サイドチェア
・Model 65 Armchair | モデル65 アームチェア
・Model 66 Dining Chair | モデル66 ダイニングチェア
・Model 67 Desk Chair | モデル67 デスクチェア
・Model 68 Lounge Chair | モデル68 ラウンジチェア
・EK43 Sideboard | EK43 サイドボード
・Kirkegaard Office Chair | キルケゴー オフィスチェア