JH517 Buck Chair | バックチェア


About

Designer: Hans J. Wegner(ハンス・J・ウェグナー)
Manufacturer: Johannes Hansen(ヨハネス・ハンセン)
Year: 1951
Material: Solid oak / Solid Burmese teak, Leather or Wool upholstery
Size: W72 × D71 × H75 × SH40 cm


Story

JH517「バックチェア」は、1951年頃にデザインされたウェグナーの中期を代表する作品で、ヨハネス・ハンセン工房の手加工による造形力が最大限に発揮された一脚です。側面でA字に見える安定したフレーム構成は「ソーバック(木挽き台)」に由来し、実用の道具から抽出した骨格を洗練させて家庭家具へと昇華しています。構造を隠さず誠実に見せる態度は、デンマーク・モダンの良心を体現しています。

幅広で彫刻的なアームは手の収まりがよく、肘を委ねた際の接触面に微妙な角度と面取りが施されています。座と背は軽やかに浮いたように見える一方で、要所には精緻なほぞ組みが効き、剛性としなりのバランスを両立しています。視覚的な軽やかさと物理的な強さが同居するプロポーションは、ウェグナーの椅子に通底する美点です。

素材は無垢のオーク、あるいはビルマ産チークが用いられます。密度の高い材を大胆に削り出して面と稜線をつくる「減法的」な木工は、成形合板や籐組みなどの加算法的アプローチとは対照的です。JH517は、工業化の時代にあっても手仕事の彫刻的木工が持つ説得力を示し、ハンセン工房の木取り・木目選定・仕上げの巧みさを如実に物語ります。

「読書椅子」を意味する異名が示す通り、背のカーブと座面のわずかな傾斜、アームの水平—緩傾斜の切り替えは、長時間の着座を想定した人間工学的調律の結果です。意匠は最小限にとどめながら、触覚と動作の快適性を優先する設計思想が全体を貫いています。

JH517は当時も大量生産の対象ではなく、職人的なオーダー色が濃い希少モデルでした。やがてPPモブラーが数多くのハンセン作品を継承するなかで、JH517は現在も定番ラインに復刻されていないことからも、オリジナルの治具・手順・暗黙知に根差した“その時代の工房ならでは”の造形であったことがうかがえます。ウェグナーの思想とハンセン工房の技が高密度で結びついた、原型的アームチェアの一到達点と言えるでしょう。

 

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