About
Designer: Arne Jacobsen(アルネ・ヤコブセン)
Manufacturer: Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)
Year: 1952
Material: Laminated molded veneer (beech core), steel pipe
Size: W 51 × D 48 × H 77 × SH 44 cm
Story
アリンコチェアは、戦後デンマークにおける合理性と有機的表現の統合を最も明快に示す作品として位置づけられます。成形合板の一体シェルと極小限のスチール脚という構成は、素材消費を抑えながら、彫刻的な曲面によって身体を受け止めるという目的に徹しています。ヤコブセンは三次元で考えるデザイナーとして、粘土モデルによる検討を重ね、薄くもしなやかな二重曲面を実現しました。こうして生まれた軽量・堅牢・省スペースという条件は、公共空間から住空間まで幅広い場面での実用性に直結しています。
誕生の背景には、建築家としての仕事と家具デザインが密接に結びつく文脈がありました。ノボ社の社員食堂という具体的な用途が、「スタッキングが容易で、移動しやすく、清掃性にも優れる」椅子を求め、そこに合板成形の技術とミニマリズムの美学が応答しています。建築的要請がプロダクトの要件を規定し、さらに工業生産がその要件を普遍化するという、デンマーク・モダン特有の循環が読み取れます。
シェル中央の独特の“くびれ”は造形上のアクセントであると同時に、成形時の応力集中を解消し、割れを防ぐための機能的解答でもあります。最も曲率の大きい部分を狭めることで、薄い積層でも十分な強度と撓み特性を確保し、着座時の快適な追従性を生みました。美は付加物ではなく、技術と機能の最適化から自然に立ち現れるという設計哲学が明瞭に体現されています。
脚部は当初の三本脚を核としつつ、後年には四本脚バリエーションも加わり、用途や運用環境に応じた選択肢が拡張されました。いずれの仕様でも、直径の細いスチールパイプとシェルをわずかな部品で結合する簡潔な構造が保たれ、軽快な視覚印象と高い生産効率を両立しています。スタッキング時にシェルを保護する当てパーツなど、細部の設計も運用性を高めるための具体的な配慮として機能しています。
フリッツ・ハンセンとの協働は、合板成形と表面仕上げに関する長年の知見を前提に、二重曲面の精度や量産性を磨き上げました。チークやオークなどの化粧単板、カラードアッシュやラッカー、前面張りといった仕上げの多様化は、空間や用途に対する適応力を高め、今日に至るまでの継続的な生産と更新を可能にしています。結果としてアリンコチェアは、技術・機能・造形・運用のバランスが極限まで整えられた「新しいタイポロジー」として定着し、デンマーク・モダンの象徴的存在となりました。
アリンコチェアの本質は、「エレガンスの民主化」にあります。高度な成形技術によって得られる彫刻的な曲面を、簡潔な部品構成と量産性によって日常の価格帯と運用性へと橋渡ししました。建築とプロダクト、職人技と工業、彫刻性と機能性という一見相反する要素を、均衡の取れた一脚として統合した点に、この椅子の普遍的価値が宿っています。