About
Designer: Hans J. Wegner(ハンス・J・ウェグナー)
Manufacturer: Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)
Year: 1948
Material: Molded plywood (teak, walnut, mahogany veneer) / Beech solid wood
Size: W72–73 × D62–65 × H69–70 × SH38 cm
Story
FH1936 シェルチェアは、1948年にハンス・J・ウェグナーがフリッツ・ハンセンのためにデザインしたラウンジチェアです。ウェグナーとフリッツ・ハンセンの協働の中でも特に短命に終わったこのプロジェクトは、無垢材を愛したウェグナーが一時的に工業的素材である成形合板へと踏み出した稀有な試みとして、デンマークモダン史の重要な一章を占めています。
この椅子のデザインは、座面と背もたれを構成する二枚の成形合板製シェルと、ブナ無垢材による四本脚フレームから成ります。フリッツ・ハンセンが誇る成形合板技術を活かしつつ、クラフツマンシップに根差した伝統的な構造を組み合わせることで、戦後のデンマークデザインが直面した「手仕事と工業化の融合」という課題を象徴する作品となりました。
第二次世界大戦後、世界のデザイナーがこぞって新素材としての合板に挑戦する中で、フリッツ・ハンセン社はデンマーク流の解釈を試みます。イームズ夫妻による米国の実験的プライウッド作品の成功を受け、同社はウェグナーに成形合板を用いた新しい家具シリーズのデザインを依頼しました。その成果として誕生したのが、FH1936 シェルチェアを中心とする「シェルシリーズ」です。
FH1936のフォルムは、低く抑えられたプロポーションと滑らかな曲面を特徴とし、当時のフォーマルな椅子とは一線を画します。背と座の二枚のシェルは人体を優しく包み込み、ラウンジチェアとしての快適性を確保しながら、木目の美しさを際立たせる彫刻的な存在感を備えています。
しかし、ウェグナー自身は無垢材を重視する立場を貫いており、成形合板への興味は限定的でした。そのため、このプロジェクトは短期間で終了し、生産台数も極めて少数にとどまりました。それでもこの実験が後年のCH07(カール・ハンセン&サン製)に結実し、ウェグナーの「シェル」デザインの探求が深化するきっかけとなったことは間違いありません。
FH1936 シェルチェアは、今日ではその希少性と実験性ゆえにコレクターズアイテムとして高く評価されています。彫刻的な造形、素材の対話、そしてデザイナーとメーカーの緊張関係が交錯するこの一脚は、デニッシュ・モダンの黎明期における創造の勇気を象徴する作品といえるでしょう。