About
Designer: Peter Hvidt & Orla Mølgaard-Nielsen(ピーター・ヴィット&オルラ・モルガード=ニールセン)
Manufacturer: Søborg Møbelfabrik(ソボー・モブラー)
Year: 1950s
Material: Teak, Brass
Size: W75 × D45 × H63 cm
Story
1950年代のデンマークを代表する家具工房Søborg Møbelfabrikが製造したバーカートは、建築家デュオであるPeter Hvidt & Orla Mølgaard-Nielsenによって設計された、機能性と造形美が融合した作品です。彼らは建築的な思考を家具に応用し、構造の合理性と人間中心の使いやすさを両立させるデザインを追求しました。バーカートは、家庭内でのもてなしと日常生活の機能を両立させた「動く建築」として構想されています。
この作品が生まれた背景には、戦後デンマーク社会の豊かさと、新たなライフスタイルへの意識の高まりがあります。第二次世界大戦後の復興期において、家庭内での集いが重要視され、実用的で美しい家具が求められました。バーカートはその社会的要請に応える形で生まれ、移動性、収納性、そして視覚的な軽快さを備えた新しいタイプの家具として評価されました。
Søborg Møbelfabrikは、1890年にJacob E. Jacobsenによって創業された家具工房であり、伝統的なクラフトマンシップと高品質な木工技術を誇っていました。Hvidt & Mølgaardの革新的なデザインを実現するためには、素材に対する深い理解と、精密な接合技術が不可欠でした。バーカートに見られる無垢チーク材の滑らかな仕上げや、真鍮製キャスターの精緻な取り付けは、工業化と手仕事の融合を象徴しています。
特に注目すべきは、上段のトレイ部分のデザインです。取り外し可能なタイプと固定式タイプの2種が確認されており、それぞれが用途や時代背景に合わせて改良されています。1950年代の初期モデルはティートロリーのような軽快さを持ち、1960年代のモデルはより統合的で洗練された外観を備えています。これらの差異は、Søborgが時代の要求に応じてデザインを進化させ続けた証でもあります。
素材選定においては、チーク材の豊かな表情と耐久性が最大限に活かされています。真鍮の細部装飾は、構造を隠すのではなく、むしろ意匠として強調する役割を果たしています。この構成は、Hvidt & Mølgaardが持つ「構造の誠実さ」という理念を体現するものです。シンプルな造形の中に潜む精緻な工芸的配慮は、まさにデンマーク・モダンの精神そのものといえます。
このバーカートは、Søborgが製造した他のHvidt & Mølgaard作品—Model 302キャビネット、Model 309aサイドボード、Model 311テーブル—と共通する設計哲学を共有しています。いずれの作品にも、モジュール化と統一されたプロポーションの思想が見られ、家庭全体を一貫した美学で整えるためのシステムデザインの一部として構想されていました。つまり、このカートは単なる家具ではなく、モダンな生活様式そのものを象徴するアイテムなのです。
軽やかでありながら堅牢、機能的でありながら詩的。バーカートは、形態と機能の調和を極限まで追求した結果として生まれた「動く機能美」の具現です。その静かな存在感は、デンマーク・モダンの核心を今日に伝えるものとして、今なお多くの人々を魅了し続けています。