ウェグナーの哲学が宿るカジュアルな構造美
1962年にデザインされたCH290シリーズは、ハンス・J・ウェグナーが追求した「インフォーマルでありながら厳格なスタイル」を体現した作品です。機能性と構造の誠実さを基盤にしながらも、空間に穏やかな印象を与えるデザインは、現代のインテリアにも自然に溶け込みます。復刻を担ったCarl Hansen & Søn（カール・ハンセン＆サン）による再生産は、ウェグナーの哲学を現代の製造技術と倫理観の中で再構築する試みとして重要な意味を持っています。
造形の意図とフォルムの均衡
CH290シリーズの魅力は、堅牢な木製フレームと柔らかなクッションの対比にあります。ウェグナーは「どの角度から見ても美しい家具」を目指し、布張りの下に隠されがちな背面構造をあえて露出させました。角度を持つ後脚は視覚的な軽やかさを演出し、幅広のアームレストは快適性と安定感を同時に提供します。これにより、CH290は彫刻的でありながら日常使いに適した“構造美の家具”として完成されています。
職人技の継承と構造ディテール
カール・ハンセン＆サンの工房で製造されるCH290は、熟練したキャビネットメーカーによる精密な木組みと仕上げが特徴です。フレームにはオーク無垢材が使われ、背もたれへ向かってわずかに細くなるテーパード形状が施されています。材料の無駄を抑えつつ視覚的な軽さを生み、必要最小限の要素に削ぎ落とされたデザインを実現しています。サンディングからオイル仕上げまで一貫して手作業で行われる工程は、ウェグナーが重視した「構造的誠実さ」を今も継承しています。
素材選定とサステナビリティの実践
CH290シリーズのフレームにはFSC™認証を受けたオーク材が採用され、環境への配慮と高い品質基準を両立しています。張り地にはファブリックまたはレザーを使用し、カバーは取り外し可能な構造です。これは、日常的な使用による摩耗への対応やメンテナンス性を考慮した設計であり、長期的な使用を前提にしたウェグナーの理念を現代的に具現化しています。サステナブルな素材選定と手作業による仕上げの融合は、伝統と現代の価値観を結びつける象徴といえます。
シリーズ展開とウェグナー作品群での位置づけ
CH290シリーズには、ローバックのラウンジチェア、ハイバックモデル（CH291と推定）、ソファ、フットスツール（CH290F）が含まれています。いずれのモデルも共通する構造言語を持ち、空間全体を統一的に構成することが可能です。GE290シリーズが堅牢な日常性を象徴するのに対し、CH290はより軽やかでカジュアルな印象をもたらします。構造の誠実さと快適性の両立というウェグナーの核心的哲学を受け継ぎつつ、現代の空間でも新たな意味を持ち続けるデザインです。
関連記事
・Hans J. Wegner GE290 | イージーチェアの構造美
・Hans J. Wegner CH468 Oculus Chair | 近代的造形の再発見
・Hans J. Wegner CH25 | ペーパーコードによる軽やかな構造
・Carl Hansen & Søn | ウェグナーデザインを継承する工房