北欧家具には、多くの名作があります。その中でも、私にとって特別な存在なのが、Hans J. Wegner(ハンス・J・ウェグナー)のパパベアチェアです。
この椅子には、包み込まれるような安心感と、張り詰めた緊張感が同時に存在しています。ただ柔らかいだけのラウンジチェアではなく、座った瞬間に内部構造の存在まで伝わってくる椅子です。
背中の張り、アームの角度、身体を支える位置。そのすべてが明確な意図を持って設計されています。特にパパベアチェアは、張りぐるみの椅子でありながら、内部の骨格や構造の強さが失われていません。これは単なる造形ではなく、構造と座り心地を同時に成立させようとした結果です。
ウェグナーは、生涯を通して「椅子」を追求したデザイナーでした。美しい形を描くだけではなく、人が長時間自然に座れること、身体を無理なく支えることを徹底して考えていました。パパベアチェアは、その思想が最も強く表れている椅子のひとつです。
また、この椅子はウェグナー一人で成立したものではありません。家具職人、張り職人、木工技術、それぞれが極めて高い水準で融合したことで、この完成度へ到達しています。特にAP-Stolenは、高度な張り技術によって、この複雑な構造を実際の家具として成立させました。そしてPPモブラーは、当時から下請け工房としてフレーム製造を担当しており、ベアチェアの構造を支えていました。
つまり、パパベアチェアは単なるデザイナー家具ではありません。ウェグナーの思想だけでなく、デンマーク工房文化そのものが形になった椅子です。
また、この椅子の素晴らしいところは、北欧家具の頂点のような存在感を持ちながら、過剰な威圧感がないことです。高い完成度を持ちながら、人の生活空間へ自然に溶け込んでいく柔らかさがあります。
時間が経つほど、この椅子の凄さを実感します。構造、張り、木工、座り心地、そのすべてが極めて高いレベルで成立している。パパベアチェアは、デンマーク家具が最も真剣に作られていた時代を象徴する椅子のひとつです。
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