AJ Trolley | AJトロリー


About

Designer: Arne Jacobsen(アルネ・ヤコブセン)
Manufacturer: Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)
Year: 1955
Material: Walnut veneer / Ash (painted), MDF core; Stainless steel
Size: 67 × 59 × 54.7 cm


Story

AJトロリーは、アルネ・ヤコブセンが自邸でのティータイムのために構想した、きわめて私的な出自を持つプロダクトです。建築家としての合理主義と、日常の所作に対する繊細な観察が交差し、家庭的なスケールの中に建築的な秩序が凝縮されています。1955年という創作年は、成形合板の椅子が飛躍的に発展した同時代の背景と響き合い、工業化の波とキャビネットメイキングの伝統が共存したデンマーク・モダンの只中に位置づけられます。

三角形の二段棚と、最小限のロッドで構成したスチールフレームという簡潔な構成は、構造の必然性をそのまま形にしたものです。三角形は自立性が高く、動線の中で引っかかりにくいコンパクトさと方向感を与えます。わずか3本のロッドで棚板を結ぶ構造は、不要な要素を排した機能主義の態度を可視化し、軽さと開放感を伴う「動く建築(モバイル・アーキテクチャー)」としての佇まいをつくり出しています。

素材の選択も当時の精神をよく物語ります。ウォールナットやアッシュの突板は温度感と触感をもたらし、キャビネットワークの素地をにおわせます。一方でフレームのステンレススチールは、工業素材としての精確さと耐久性を担保します。天然木と金属という異なる物性を対話させ、視覚的・触覚的コントラストの中に調和を成立させる点に、北欧モダニズムの要諦が表れています。

復刻にあたっては外観の忠実さだけでなく、可動部であるキャスターの回転機構や耐久性が現代基準へと最適化され、静粛で滑らかな操作性が確保されています。これはオリジナルの精神を損なわずに性能を更新するという、良質な再編集の姿勢を示すものです。

リビングのバーカート、ラウンジチェア脇のサービング、ホテルのスイートや役員室のホスピタリティ用途まで、AJトロリーはスケールと造形の節度によって空間を選びません。建築的プロポーション、明快な幾何、誠実な素材表現というヤコブセンの原則を、日常の稼働体へと落とし込んだ「建築的ミニチュア」として、控えめながら長く機能し続ける一台です。

 

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