AP Stolen | APストーレン


Story

AP Stolen(APストーレン)は、デンマーク家具史において最も重要な「張りぐるみ家具」の専門工房の一つでした。その起源は、創設者アンカー・ペーターセンが持っていた椅子張り職人としての深い経験と、家具店経営者として培った実業家の感覚にあります。彼は単なる商人ではなく、素材の特性を熟知した実務的な職人であり、快適性と耐久性を備えた椅子張りの芸術を、近代デザインの文脈に適合させることに成功しました。

AP Stolenが誕生した1950年前後のデンマークは、戦後の復興とともにデザイン文化が飛躍的に発展した時代でした。建築家、デザイナー、工房が緊密に連携し、それぞれの専門性を最大限に生かしながら、国際市場に通用する家具を生み出していきました。この「協働の文化」の中で、AP Stolenは椅子張りという特殊技能に特化し、他工房が得意とする木工やキャビネット製作とは異なる分野で独自の地位を築きました。

1951年に設立された販売会社サレスコは、ウェグナー作品を世界へ広めるための戦略的枠組みでした。そこに参加した5工房の中で、AP Stolenに与えられた役割は明確でした。それは布や革で全体を覆う「張りぐるみ」家具の製造です。この技術は、単に外観を整えるだけでなく、座り心地や耐久性を左右する重要な要素でした。馬毛や亜麻繊維、パームリーフなどの天然素材を用いた内部構造は、身体を優しく支えると同時に、時を経ても劣化しにくい高い耐久性を実現しました。

その成果がもっとも鮮明に表れたのが、1951年発表の「パパベアチェア」でした。木製のフレームに金属スプリングを組み込み、麻布で包み、さらに何層もの天然素材で形を整えるという複雑な工程は、AP Stolenの卓越した職人技なしには実現できませんでした。アームの先端に取り付けられた木製の「爪」は、実用性と美しさを兼ね備え、デザインと工芸の融合を体現しています。

さらに1950年代後半から1960年代にかけて、オックスチェアやクイーンチェアといった彫刻的な挑戦作も登場しました。これらは曲面の多い大胆なフォルムを完璧に張り上げる必要があり、AP Stolenの技術力をもってしても難易度の高い仕事でした。それでもなお、彼らはその困難を克服し、20世紀家具史に残る名作を実現しました。

AP Stolenの存在意義は、ウェグナーのデザインを忠実に「再現する」ことではなく、彼の構想を「完成させる」ことにありました。スケッチや模型の段階では抽象的であった造形が、熟練した椅子張り職人の手によって、人間の身体を支える具体的な家具へと変貌したのです。この協働関係こそが、デンマークモダンデザインの核心的な価値を示しています。

短い存続期間にもかかわらず、AP Stolenはその存在を通じて「張りぐるみ家具」の最高峰を定義し、デザイン史に消えない足跡を残しました。その後工房は消滅しましたが、PPモブラーが技術を継承したことにより、その遺産は現代にも息づいています。AP Stolenは、職人技とデザインの融合がいかにして永続的な価値を生み出すかを証明した、デンマークモダンの象徴的工房なのです。


About

Year:1950頃–1974(1977閉鎖)
President:Anker Petersen(アンカー・ペーターセン)
Designer:Hans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)
Place:Copenhagen(コペンハーゲン)


History

 

1950

Anker Pertersen(アンカー・ペーターセン)により、小さな椅子張り工房として創業する。

1951


Carl Hansen & Son(カール・ハンセン&サン)とAndreas Tuck(アンドレアス・ツック)、GETAMA(ゲタマ)、Ry Mobler(ロユモブラー)とともにもウェグナーのデザインする量産家具の生産に着手し、共同の営業活動を行う。それぞれのメーカーはサイドボードやソファなど得意分野が分かれていたがAP Stolenはウェグナーのデザインするソファやイージーチェアなどの張りぐるみのソファを手掛けた。
Easy Chair. AP15Easy Chair.AP-16(PP-16)Sofa. AP-18SBear Chair. AP-19(PP-19)を発表する。

1952

1953

AP-26を発表する。PPモブラーにBear Chair. AP-19のフレーム下請けの依頼を始める。

1956

Sofa. AP-33S を発表する。

1969

サレスコでのウェグナーとの協力関係がなくなってしまう。ウェグナーはすでに生産されていた家具の継続は許可したものの、新しいデザインが提供をされることはなくなる。

1970

AP Stolenが倒産、製造活動を停止

1974

工房が正式に閉鎖され、アンカー・ペーターセンは張替え事業で存続を試みる

2003

PPモブラーがパパベアチェアを完全復刻、張りぐるみ技術を継承以降:PPモブラーがオックスチェアやママベアなどを復活させ、AP Stolenの遺産を継承降:PPモブラーがオックスチェアやママベアなどを復活させ、AP Stolenの遺産を継承


Furniture

・Papa Bear Chair AP19 | パパベアチェア
・Mini Bear Chair AP20 | ミニベアチェア
・Mama Bear Chair AP27 | ママベアチェア
・Stool AP29
・Sofa AP33
・Piano Stool AP30
・Easy Chair AP34
・Daybed AP36
・Kastrup Chair AP37
・Kastrup Chair AP38
・Kastrup Lounge Chair AP39
・Kastrup Lounge Chair AP40
・Kastrup Stool AP41
・Wing Chair AP45 | ウィングチェア
・Ox Chair AP46 | オックスチェア
・Queen Chair AP47 | クイーンチェア
・Ox Ottoman AP49
・Arm Chair AP50
・Easy Chair AP52
・Easy Chair AP53
・Dining Chair AP56
・Arm Chair AP57
・Combination Sofa AP59
・Sofa AP60
・Sofa AP62
・Easy Chair AP64
・Sofa AP65

AP Stolen Furniture page


Imprint/Label

・1950年代の初期作品には刻印がない場合が多い
・「Made in Denmark, Designer: Hans J. Wegner, A. P. Stolen, Copenhagen」と記されたスタンプが一部に存在
・「Danish Furnituremakers’ Control」プレートが付与される例がある

 


参考文献:Carl Hansen & Son 100 years of craftsmanship

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