About
Designer: Finn Juhl(フィン・ユール)
Manufacturer: Bovirke(ボヴィルケ)
Year: 1948
Material: Teak, Fabric
Size: W66 × D70 × H82 × SH42 cm
Story
BO59「ファイアープレイスチェア」は、フィン・ユールが1940年代後半にボヴィルケ社のためにデザインしたアームチェアであり、彼の彫刻的家具デザインの成熟を示す重要な作品です。もともとは1943年、出版業者ポール・ウェスターマンのために名匠ニールス・ヴォッダーが製作した特注椅子を基礎としており、後に産業化を目指すボヴィルケの製造体制に合わせて再設計されました。
ユールはこの椅子で、自身のデザイン哲学である「分離の原則(Principle of Separation)」を明確に示しました。支持体であるフレームと、身体を受け止める座面・背もたれの要素を独立させ、視覚的にも物理的にも浮遊するように構成しています。この構造によって、軽やかで有機的な美しさが実現され、同時に快適性と機能性が両立されています。
X字に交差する貫(クロスブレース)は、BO59の象徴的な要素です。中央に向かって細く絞り込まれる精密なテーパー加工が施されており、力学的強度を確保しながらも、視覚的に緊張感のある造形を生み出しています。この洗練された構造表現は、フィン・ユールの家具が「機能する彫刻(Functional Sculpture)」と呼ばれるゆえんを明確に示しています。
フレームにはチークの無垢材が用いられ、肘掛けには手作業で削り出された「ペーパーナイフ」型の滑らかなラインが刻まれています。これにより、触れた際の感覚までもがデザインの一部となり、ユールの作品特有の人間的な温かみを感じさせます。座面と背もたれの張り地は、当時のデンマーク家具に多く見られるファブリック仕様で、木部との質感の対比が空間に柔らかな印象を与えています。
現代では、ハウス・オブ・フィン・ユール(House of Finn Juhl)によって正規復刻されており、チークに代わってFSC認証のオークやウォルナット材が採用されています。これは、ユールのデザイン精神を継承しながら、現代的なサステナビリティの理念を反映したものです。
BO59は、職人技から産業化への転換を象徴する作品であり、フィン・ユールの造形美学とボヴィルケの製造技術が高次に融合した、デンマーク・モダンの真髄を体現しています。