About
Designer: Martin Nyrop(マーティン・ニュロップ)
Manufacturer: Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン)
Year: 1900–1905
Material: Oregon Pine
Story
マーティン・ニュロップがコペンハーゲン市庁舎のために設計した本棚は、建築と家具を一体化した「総合芸術(Gesamtkunstwerk)」の思想を体現した作品です。彼は建築そのものの設計のみならず、内部の調度品に至るまで全体を統括し、空間全体の統一性を追求しました。その結果として生まれた本棚は、単なる収納家具ではなく、建築の延長として構想された機能的かつ象徴的な存在でした。
ニュロップは、当時のデンマークで隆盛していた国民ロマン主義とスコンヴィルケ(Skønvirke)様式を融合させ、手仕事の温かみと素材の誠実さを重視しました。この作品における機能主義的要素は、20世紀初頭のクラフトデザインにおいてすでに萌芽しており、後のモダニズムへと繋がる「プロト・ファンクショナリズム(初期機能主義)」の先駆と位置づけられます。
製作を担当したルド・ラスムッセン工房は、ニュロップの厳格な設計要求に応えるため、オレゴンパイン無垢材を用いた堅牢な構造と、露出された接合部を持つ正直な構造美を実現しました。側板を貫通する棚板や金具の打ち出し痕など、機械生産では得られない職人の痕跡が随所に見られます。こうした構造の可視化は、単なる美的効果ではなく、公共建築にふさわしい誠実さと恒久性を象徴しています。
素材として選ばれたオレゴンパインは、当時デンマークに輸入された新素材であり、その明るい木肌と独特の板目取り(crown cut)による有機的な木目が、公共空間に温かみと親しみを与えました。時間の経過とともに生まれた経年変化は、家具に深みと豊かさを与え、現在でも市庁舎の内部に息づく歴史的遺産の一部として機能しています。
この作品は、後にコーア・クリントやモーエンス・コッホらがルド・ラスムッセンと築いた緊密な協働関係の原型とも言える存在であり、デンマーク・モダンデザインにおける建築家と工房の理想的な連携モデルを提示しました。ニュロップの市庁舎本棚は、19世紀の装飾性と20世紀の合理主義を結ぶ架け橋として、今日もデンマーク家具史の中で特異な光を放ち続けています。