Story
E. Kold Christensen(E. コル・クリステンセン)は、デンマーク家具史の中で最も特異かつ象徴的な工房の一つです。その存在理由は、一人のデザイナー ― ポール・ケアホルム ― の作品を世に送り出すことにありました。つまり、EKCは単なるメーカーではなく「後援者」としての立場を貫き、芸術家とパトロンの関係を工業デザインの世界で実現した、極めて稀な事例でした。
創業者アイヴィン・コル・クリステンセンは、もともとカール・ハンセン&サンの営業部長として、若き日のハンス・J・ウェグナーを見出した人物です。彼は早くから「天才を見抜き、そのための体制を整える」という独自の能力を発揮していました。1950年代半ば、ウェグナーからケアホルムを紹介された彼は、その革新的なヴィジョンに心を動かされ、彼のためだけの製造環境を作り上げました。こうして1956年に設立されたEKCは、家具業界の常識を覆す「一点集中型」の工房となったのです。
ケアホルムは、デンマークの同時代デザイナーが主流としていた木材中心の美学から距離を置き、鋼鉄を「自然素材」と捉える新しい哲学を打ち立てました。鋼鉄は冷たさや硬質さの象徴である一方、その表面で光が屈折し、空間を反射する美しさを備えています。ケアホルムはそこに詩的な可能性を見出し、革・籐といった有機的素材との融合によって、新たな家具の言語を生み出しました。PK22ラウンジチェアやPK24シェーズロングは、その哲学を最もよく体現した作品といえるでしょう。
EKCの規模は小さかったものの、その体制は極めて精鋭的でした。鋼鉄の加工を担う鍛冶職人、複雑な革張りを実現したイヴァン・シュレヒター、木工を担当したPP Møblerなど、専門的な職人ネットワークを組織することで、妥協のない品質を確保しました。大量生産を前提とせず、徹底した素材選びと精緻な製造工程を積み重ねることによって、作品は機能性を超えて「建築的なオブジェ」へと昇華しました。
EKCの存在はまた、事業戦略としても異例でした。一般的なメーカーが成長や継続性を志向するのに対し、クリステンセンはあえてケアホルム一人に依存する「パトロン・モデル」を選択しました。このため、1980年にケアホルムが亡くなると、彼は即座に工房の幕を下ろし、「創造のパートナーなしには続けられない」と明言しました。これはビジネスの観点から見れば極めて非合理ですが、芸術の世界ではむしろ純粋な選択でした。
この姿勢こそが、EKCを唯一無二の存在へと押し上げました。EKCの刻印が押されたオリジナル作品は、後にフリッツ・ハンセンが継承した復刻品と比べても、コレクターにとって特別な価値を持ち続けています。それは単なる家具としてではなく、クリステンセンとケアホルムが築いた信頼と理想の証として存在しているからです。
E. Kold Christensen の物語は、20世紀デザイン史において、個人の信念と天才的な創造力が出会ったときに生まれる力を雄弁に語っています。その遺産は、時代を超えて「鋼鉄と魂の結晶」として輝き続けているのです。
About
Year:1956-1980
President:Ejvind Kold Christensen
Designer:Poul Kjærholm(ポール・ケアホルム)
Place:コペンハーゲン
History
1949:Ejvind Kold Christensenがカール・ハンセン&サン在籍中にHans J. WegnerをHolger Hansenへ紹介。デンマーク家具史の重要な出会いとなる。
1951:Wegner、Holger Hansenと共に販売組織SALESCOを設立。デザイナー主体の販売戦略を打ち出す。
1952:Poul Kjærholmが王立芸術アカデミーで学び始め、鋼鉄を家具に導入する構想を抱く。
1955:PK1 ダイニングチェアを試作。鋼鉄と籐を組み合わせた独自の美学が具現化される。
1956:E. Kold Christensen工房を設立。PK22 ラウンジチェアを発表し活動を本格化。
1957:PK22がミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。国際的評価を決定的に高める。
1958:PK33 スツールを発表。幾何学的でシンプルな三本脚構造を提示。
1959:PK61 コーヒーテーブルを発表。鋼材フレームと石材・ガラス天板を融合。
1960:PK80 デイベッドを発表。イヴァン・シュレヒターの技術により一枚革張りを実現。
1961:PK9 ダイニングチェアを発表。馬具製作の縫製技術を応用した革張りで知られる。
1961:PK91 フォールディングスツールを発表。最小限の機構で折り畳みを可能にした作品。
1963:PK54 ダイニングテーブルを発表。PP Møblerがカエデ材の伸長板を制作。
1965:PK24 シェーズロングを発表。「ハンモックチェア」と称され、鋼鉄と籐の融合を象徴。
1967:PK27 ソファを発表。低い座面が建築的で水平的な空間構成を強調。
1968:PK31 ソファを発表。モジュール形式で国際的に高く評価される。
1970:PK55 デスクを発表。鋼鉄フレームと木製天板を組み合わせ、実用性と美学を両立。
1971:PK77 コーヒーテーブルを発表。建築的でシンプルな水平性を表現。
1975:Poul Kjærholmが王立芸術アカデミー教授に就任。教育と理論面でも影響を拡大。
1976:PK20 ラウンジチェアを発表。籐と革を組み合わせた有機的フォルムが特徴。
1980:Poul Kjærholm死去。クリステンセンは工房の活動を終了。
1982:ケアホルム・コレクションの製造権がFritz Hansenへ移管され、遺産が継承される。
Furniture
・PK1 Dining Chair
・PK9 Dining Chair
・PK11 Armchair
・PK20 Lounge Chair
・PK22 Lounge Chair
・PK24 Chaise Longue
・PK27 Sofa
・PK31 Sofa
・PK33 Stool
・PK54 Dining Table
・PK55 Desk
・PK61 Coffee Table
・PK77 Coffee Table
・PK80 Daybed
・PK91 Folding Stool