About
Designer: Kaare Klint(カーレ・クリント)
Manufacturer: Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン) / Carl Hansen & Søn(カール・ハンセン&サン)
Year: 1914
Material: Mahogany, Oak, Walnut, Leather, Rattan
Size: 幅 52 × 奥行き 55 × 高さ 88 cm
Story
フォーボーチェアは、1914年に若きカーレ・クリントがデザインし、翌1915年に開館したデンマーク・フューネン島のフォーボー美術館で初めて用いられた椅子です。単なる鑑賞用の座具を超えて、空間全体を総合芸術として構想するプロジェクトの中で生まれ、デンマーク近代家具デザインの起点と位置づけられています。
この椅子が誕生した背景には、建築家カール・ペーターセンの依頼がありました。美術館の建築から照明、壁画、床タイルに至るまで、すべてが統一された美的理念のもとに設計され、その一部として椅子も組み込まれました。フォーボーチェアは、来館者が自由に移動させ、絵画鑑賞に集中できるように設計されており、軽量性と携帯性が重要な要件でした。その一方で、美術館の新古典主義的な建築と呼応する造形的調和も求められました。
デザインにあたってクリントは、徹底した人体寸法の分析を行い、人間工学を重視しました。座高や背もたれの角度は、長時間座っても疲れにくいように緻密に計算されています。また、古代ギリシャのクリスモスチェアに範を取りつつも、単なる模倣ではなく、用途に即した形に再構築しました。彼の理念である「リ・デザイン」、すなわち歴史的様式を現代的な文脈に再解釈する手法が、この椅子で初めて明確に具現化したのです。
フォーボーチェアの特徴的な背もたれは、円弧を描くように湾曲し、籐編みで構成されています。この籐は手作業で丁寧に編み込まれ、座る人の背中を柔らかく支える役割を果たします。一本一本の籐を織り込む作業には熟練職人でも十数時間を要し、ルド・ラスムッセン工房の高度な技術が存分に注がれました。座面は当初籐と革の組み合わせで製作され、素材の「誠実さ」を重んじたクリントの思想が反映されています。使用される木材はマホガニーやオークなど耐久性に優れた無垢材であり、時間を経ることで美しい経年変化を遂げます。
フォーボーチェアは、機能と造形、そして素材の誠実さを一体化させることで、装飾性に依存しない新しい家具のあり方を提示しました。この椅子の存在はやがて「デンマーク・モダン」の原点として後世に語り継がれ、クリントが「デンマーク近代家具の父」と呼ばれる理由のひとつとなっています。
その後クリントは教育者として王立芸術アカデミーに家具デザイン科を設立し、この椅子を教材として学生に示しました。彼の薫陶を受けたハンス・J・ウェグナーやボーエ・モーエンセンは、人体に即した分析と素材への誠実さを継承し、20世紀半ばのデンマーク家具黄金期を築き上げます。フォーボーチェアは、単独の作品であると同時に、教育と思想の継承を象徴する存在でもあるのです。
現在、製作はカール・ハンセン&サンによって引き継がれ、当時のクラフトマンシップを守りながら現代の技術と融合し、世界中で提供されています。100年以上の時を経ても、その普遍的な美しさと思想は揺るぎなく、人々を魅了し続けています。