Story
ヤコブ・ケア(Jacob Kjær, 1896-1957)は、デンマーク・モダンの黄金期において「職人でありデザイナー」という二重の立場を体現した稀有な存在です。彼は家具職人の家に生まれ、幼少期から木材に親しみながら、父の工房で伝統的な技術を学びました。その後ベルリンやパリで修業し、ヨーロッパ各地の美学と体系的な工芸観を吸収したことが、後の独自のデザイン哲学に大きな影響を与えました。
1926年にコペンハーゲンで自身の工房を構えたケアは、デザイナーと製作者という役割を不可分に結びつけながら活動しました。1937年にはパリ万博に出展し、早くも国際的評価を確立します。彼の作品は、英国古典様式から着想を得ながらも、モダニズムの視点で再解釈されたエレガンスを備え、単なる過去の模倣ではなく進化としてのスタイルを提示しました。
ケアの家具は、均整の取れたプロポーションと細部に至るまで緻密に計算された職人技によって特徴づけられます。マホガニーやローズウッドといった高級木材やニジェールレザーなどを惜しみなく用い、伝統的な椅子張り技術を駆使するなど、素材と構造に対する妥協なき姿勢を貫きました。これらは「最高のデザインは最高の製作技術から生まれる」という彼の哲学を象徴しています。
また、彼の貢献は作品だけにとどまりません。1952年から1957年にかけてコペンハーゲン家具職人ギルドの会長を務め、さらに輸出工芸委員会の委員長としてデンマーク家具の国際的な評価を確立しました。家具職人とデザイナーを結ぶギルド展では、ウェグナーやフィン・ユールらの名作が生まれる土壌を築き、デンマーク・モダンの品質保証の象徴となりました。
代表作として、1949年に国連本部のためにデザインされた「FNチェア」が挙げられます。この作品は中国明代の圏椅から着想を得ており、国際的な舞台における外交の象徴として位置づけられました。他にも、王室に献上された「プリンセスデスク」や1937年パリ万博出展の「パリスチェア」、英国古典様式を現代的に昇華させた「JK-06」「JK-09」などが知られています。これらは王室や国際機関における使用を通じて、伝統とモダニズムの融合を体現しました。
今日、ケアの家具はニューヨークのメトロポリタン美術館などに収蔵され、また日本のキタニ社がライセンス生産を通じて彼の哲学を受け継いでいます。彼の遺産は、単なる様式の継承にとどまらず、「モダニティとは伝統を完成させること」という普遍的な真理を示し続けています。ヤコブ・ケアは、デンマーク・デザインにおける伝統と革新を結ぶ架け橋であり、その存在はデザイン史において不可欠な基盤を築いた人物なのです。
About
Year: 1896–1957
Place: Copenhagen(コペンハーゲン)
Manufacturer: Jacob Kjær(ヤコブ・ケア)
Furniture
・FN Chair JK-03 | FNチェア
・Princess Desk JK-115PDK | プリンセスデスク
・Paris Chair JK-07 | パリスチェア
・Wingback Chair JK-09 | ウィングバックチェア
・Armchair JK-06 | アームチェア
・Chair JK-01
・Armchair JK-02
・Armchair B-48