JH713 Armchair | アームチェア


About

Designer: Hans J. Wegner(ハンス・J・ウェグナー)
Manufacturer: Johannes Hansen(ヨハネス・ハンセン)
Year: 1957
Material: Oak or Teak (frame), Leather or Wool (upholstery)
Size: W70 × D69 × H84 × SH38–43 cm


Story

JH713は、ダイニング/デスク/イージーの境界を意図的に曖昧化し、会議室からリビングまで多様な場面に適合するために設計されたアームチェアです。背筋の伸びる姿勢を保てる座姿勢とアーム高さを備えながら、SHを意図的に低く設定し、深い奥行きとゆとりある幅でイージーチェア級の安楽性を実現しています。結果として、用途の異なる複数のタイポロジーを一脚で横断する、デンマーク・モダンの精神を体現したモデルになっています。

同時期のJH509(ダイニング)、JH513(デスク)と共通の設計言語を共有しつつ、JH713は安楽性を最優先する「ファミリーの最終到達点」として位置づけられます。座面はローポジション、背と座はたっぷりとしたプロポーション、そして腕を自然に受け止める長いアームによって、長時間でも身体的ストレスが蓄積しにくい座り心地を追求しています。1950–60年代に「仕事場」に家庭並みの快適さを導入するという発想そのものが先進的であり、人間工学と生産性の結びつきを先取りした設計思想と言えます。

フレームは彫刻的に削り出された無垢材の連続線が特徴で、後脚から背柱、前脚からアームへと流れるラインが一体的に結ばれます。視覚的ノイズを抑えるため、接合は高精度の伝統的なほぞ組を中心に「見せない」方向でまとめられ、一本の木から立ち上がったかのような統一感を生み出しています。曲線と直線、ボリュームとテーパーの配分が巧みで、静謐さと力強さが同居するフレームワークです。

意匠面では、アーム先端の握りの造形などに「ザ・チェア」の系譜が明瞭に読み取れます。同時に、18世紀英国のライブラリーチェアに通じる重厚な存在感を、モダニズムの語法で蒸留したような歴史意識も感じられます。ウェグナーが学んだ「歴史的型の再解釈」という方法論が、JH713でも静かに息づいています。

素材は当時のハイエンド仕様にふさわしく、オークやチークなどの無垢材フレームに、レザーまたはウール系ファブリックを張り込む構成です。籐(ラタン)や成形合板は設計意図上採用されず、無垢材の彫刻性とフルアップホルスターのクッション性の対比を要としています。ヨハネス・ハンセン工房の小規模・高精度生産体制のもとで製作され、復刻を経ずに同工房期のみに存在が限られるため、今日では「ヴィンテージでしか出会えない」希少なアーティファクトとして位置づけられます。

JH713は、職人技と人間工学、歴史意識とモダニズムが高い純度で交差する、ウェグナーとハンセン協業の成熟点です。会議の緊張感から家庭の寛ぎへと滑らかに横断する快適性と、展覧会級の工作精度を兼備した本作は、デンマーク・モダンの核にある「人間中心の機能美」を最も静かに、そして雄弁に語る一脚です。

 

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