About
Designer: Kaare Klint(コーア・クリント)
Manufacturer: Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン)
Year: 1933
Material: Ash, Linen canvas, Saddle leather, Brass
Size: W 57 × D 57 × H 80 × SH 34 cm
Story
KK47000 サファリチェアは、1933年にコーア・クリントが発表したデンマーク機能主義の象徴的作品です。工具や接着剤を用いず、ユーザー自身の手で組み立てと分解ができる「セルフアセンブリー」という思想を、居住空間の椅子に落とし込んだ点に独創性があります。携行性と簡易性、そして使用時に安定性が立ち上がる仕組みは、当時の生活様式にも合致し、今日に至るまで普遍的な魅力を保っています。
着想の源流には、英国軍のキャンペーン家具として知られるインディアン・ルークリーチェアが位置づけられます。クリントは既存の実用家具が備えていた合理性を出発点に据えつつ、寸法や構造を精査し、室内用椅子としての快適性と強度、整備性を高い水準で両立するよう再設計しました。模倣ではなく、機能を軸に再定義する姿勢が、デンマーク・モダニズムの理念を鮮やかに体現しています。
構造面では、着座荷重が各ジョイントを締結させる「セルフロック機構」が核心にあります。脚部をつなぐ葉巻型ストレッチャーは、中央を太く端部を絞る緩やかなテーパーで、穴抜けを物理的に抑えつつ、必要剛性を保ちながら材料使用を最適化します。背もたれ部材は二重のテーパーで軽量化と体当たりの追従性を高め、最小限の部材で安定と快適を得るための緻密な木工設計が徹底されています。
張り材と革ベルトの関係も機能主義の好例です。座面は前方でストレッチャーに巻き込み、後方はダボとハトメを介して革ベルトで緊結します。これにより摩耗しやすいベルトの交換性が確保され、素材節約と保守容易性が両立します。アームレストは真鍮のピボットを中心に回転し、着座姿勢に柔軟に追従する構成です。キャンバスやサドルレザーといった素材選択は、強度・耐久・軽量・分解性という要件に合理的に合致し、使用とともに味わいが深まる経年変化も計算に入れられています。
この厳密な設計を形にしたのが、ルド・ラスムッセンの卓越した指物技術でした。高精度の挽物と穴加工、寸法管理、仕上げ品質は、工具不要の構造が意図どおり機能する前提条件です。工房のクラフトマンシップは、クリントが打ち立てた「外観ではなく内部の論理から構築する」という設計哲学を、誤差なく現実の家具へと昇華させました。
事業承継を経た現在も、サファリチェアは原初の設計意図を保ち続けています。可搬性、環境適応性、保守容易性という機能的価値と、緊張のない端正なプロポーションが溶け合い、用途や場所を選ばずに活躍します。最小の手数で最大の効果を引き出すその設計は、デンマーク・デザインが標榜する「必要から生まれる美」の原理を、今日も静かに語り続けています。