About
Designer: Kaare Klint(コーア・クリント)
Manufacturer: Rud. Rasmussen(ルド・ラスムッセン)
Year: 1940
Material: Mahogany frame, wool upholstery, leather piping
Size: W 202 × D 70–78 × H 87 × SH 40–44 cm
Story
KK6092ソファは、デンマーク・モダニズムの規範を体現したコーア・クリントの思想を、壮麗なスケールで具現化した作品です。古典的な布張りソファの快適性と、モダニズムが重視する軽快なフォルムを両立させるため、露出したマホガニーのフレームと繊細にテーパーした脚部を採用し、視覚的な重さを巧みに解消しています。その結果、居住空間の中心的存在でありながら、周囲の空気を圧迫しない均衡の取れた佇まいを実現しました。
クリントの設計は徹底した分析に基づき、装飾を排して機能から形式を導く理性的な手法が貫かれています。KK6092では、ソリッド・マホガニーを用いたフレームと、精密な接合によって生まれる剛性が、作品の寿命と安定性を支えています。大型ソファに不可欠な荷重分散のために8本脚構造を採用し、構造上の合理性をそのまま意匠へ昇華させた設計は、工芸と機能の見事な融合を示しています。
また、人体寸法学に基づく寸法計画は、クリントの設計思想の核心をなすものです。奥行き70〜78cmという設定は、背・腰・大腿部を適切に支えるための最適値とされ、座面高40〜44cmは休息と立ち上がりの双方に快適さをもたらす高さとして導き出されました。これらの数値は、経験ではなく人間の身体的尺度に基づく科学的アプローチの成果であり、デンマーク・ファンクショナリズムの社会的理想と結びついています。
張り地にはウール素材が用いられ、当時クリントが染織家ゲルダ・ヘニングと共に開発した「ギリシャ・ファブリック」に代表されるテキスタイル哲学が反映されています。幾何学的な文様と中庸な色調は、マホガニーの質感と呼応し、素材の持つ自然な品格を引き立てています。加えて、深紅のレザーパイピングが輪郭を引き締め、構造と装飾の調和を象徴する要素となっています。
製造は、コペンハーゲンの名門工房ルド・ラスムッセンによって行われました。精緻なほぞ継ぎやダボ継ぎといった伝統技術に支えられたフレームは、目に見えない内部構造においても完璧な整合性を保ちます。後年、ルド・ラスムッセンはカール・ハンセン&サンに継承され、KK6092の設計資料と製造技術は現代の製造体制に統合されました。今日に至るまで、クリントの設計原理は忠実に受け継がれ、その倫理と精度が世界各地で再生産されています。
総じてKK6092ソファは、古典主義とモダニズムの境界を越えた普遍的な造形理念を体現しています。機能・構造・素材・寸法が精密に整合したこの作品は、デンマーク家具史における倫理的基準点であり、20世紀デザインの最も純粋な表現の一つとして位置づけられます。