About
Designer: Arne Jacobsen(アルネ・ヤコブセン)
Manufacturer: Fritz Hansen(フリッツ・ハンセン)
Year: 1970
Material: Molded plywood (walnut/teak veneer), Steel legs, Optional fabric or leather upholstery
Size: W 52 × D 50 × H 82 × SH 44 cm
Story
リリーチェア(モデル3108/アームレス、兄弟モデル3208/アーム付)は、アルネ・ヤコブセンが生涯にわたって追求した成形合板技術の最終到達点を示す作品です。1952年のアリンコチェアから始まり、セブンチェアを経て20年にわたり進化したシェルチェアシリーズの結論にあたります。幅広の肩と細いウエストを持つシルエットは、強いコントラストを生み出しながらも人間工学的に快適な座り心地を実現しています。
この椅子は、1968年に竣工したデンマーク国立銀行のために特別に設計されました。ヤコブセンは建築から家具、細部に至るまで統一的に設計する「トータルデザイン」を信条とし、厳格でモニュメンタルな建築空間に有機的で流れるようなフォルムを持ち込むことで、空間全体に芸術的な対比を与えました。
構造的には、10層前後の薄板ベニヤを積層して高温高圧で成形し、極端な曲率と強度を両立しました。スチール製の4本脚ベースとの結合部は張力が集中するため、高い精度と耐久性が求められました。さらにスタッキング機能を備えることで、大規模施設における柔軟な運用も可能にしています。
製造当時は複雑な曲線形状のため不良率が高く、ナチュラルウッド仕様は短期間で製造中止となりました。しかし2020年、発表50周年を記念してウォルナット材による復刻が行われ、現代の技術進歩により当時克服できなかった課題を解決しました。これにより、ヤコブセンの美学とフリッツ・ハンセンの技術的遺産が現代に再び蘇っています。
リリーチェアは単なる椅子ではなく、素材の可能性を限界まで探り、建築的要請と造形的野心を融合させた歴史的な成果です。その存在は、デザインと技術の進化が時間を超えて結実することを示す象徴的な一脚といえます。