About
Designer: Peter Hvidt & Orla Mølgaard-Nielsen(ピーター・ヴィット & オルラ・モルガード=ニールセン)
Manufacturer: Søborg Møbelfabrik(ソボー・モブラー)
Year: 1950s
Material: Teak
Size: W90 × D48 × H83–94 cm
Story
1950年代にデザインされたこのチーク材チェストは、建築家デュオであるピーター・ヴィットとオルラ・モルガード=ニールセンが、ソボー・モブラーのために設計した作品です。戦後デンマークの理想であった「機能性」「誠実な素材」「高品質なシリーズ家具」という三要素を統合した、デニッシュ・モダンを象徴する傑作といえます。
このチェストの特徴は、職人の手仕事による精緻な構造と、産業的な設計論理の融合にあります。デンマーク家具の伝統を受け継ぐキャビネット製作技術の上に、Hvidt & Mølgaardが先駆けたモジュール構造と輸出対応の思想が重ねられています。結果として、家具としての完成度と工業的合理性が見事に調和しています。
特に注目すべきは、露出したフィンガージョイントによる角部の構造美です。これは単なる装飾ではなく、構造そのものを可視化した建築的なデザイン手法であり、Hvidt & Mølgaardの設計哲学を象徴しています。引き出し内部はダブテール接ぎによって構成され、堅牢性と美観が両立されています。
取手には彫刻的な「三日月」型のデザインが採用され、直線的なフォルムに有機的な柔らかさを与えています。この曲線は、触れた際の感触までも計算された人間工学的な設計思想の表れです。また、同シリーズには鍵付きの真鍮金物を備えたバリエーションも存在し、素材の温かみと精密さが共存しています。
このチェストは単体で完結する家具ではなく、書棚やキャビネットなどと自由に組み合わせられるモジュールシリーズの一部として構想されました。幅や奥行きの寸法が統一され、都市生活における柔軟なレイアウトを可能にしています。そのため、今日でもそのシステム的な思想は多くのデザイナーに影響を与え続けています。
ソボー・モブラーは、ボーエ・モーエンセンなどの他の巨匠の家具も製造しており、Hvidt & Mølgaardの幾何学的な造形美と、モーエンセンの実直な機能主義の双方を実現する技術的力量を備えていました。このチェストは、その両者の中間に位置する「建築的体系性」を体現したプロダクトであり、デンマーク家具史における重要な転換点を象徴しています。
この作品の魅力は、静謐なプロポーションと素材の誠実さにあります。時代を超えてもなお高く評価され続けている理由は、そこに宿る「静かなる革命性」にあります。すなわち、伝統と工業化、手仕事と量産、職人と建築家。そのすべての関係をひとつに結びつけた成果として、このチェストは今なおデニッシュ・モダンの精華として輝き続けています。