NV45 Chair | イージーチェア


About

Designer: Finn Juhl(フィン・ユール)
Manufacturer: Niels Vodder(ニールス・ヴォッダー)
Year: 1945
Material: Oak, Walnut, Teak, Rosewood, Leather, Textile
Size: W 66.5 × D 73 × H 88 cm


Story

1945年、デンマーク家具職人ギルド展において発表されたNV45は、戦後のコペンハーゲンに新しい美意識をもたらした椅子として位置づけられます。建築と彫刻の双方の視点を持つフィン・ユールは、木部のボリュームを最小限に抑えながら、立体としてのふくらみや陰影を巧みに与え、視覚的な軽さと存在感を同時に実現しました。フレームと張り座・背が「離れて見える」構成は、当時として革新的であり、椅子に漂うような浮遊感と開放性を与えています。

ユールのアプローチは、伝統的な機能主義の規範から意図的に距離を取り、人体のプロポーションと感覚的な心地よさから逆算するものでした。図面上の寸法ではなく、触れた時の肌理や肘を置く角度、体圧の逃がし方といった経験的要素を重視した結果、NV45の曲線はどの角度から見ても流れるように連続します。アームが前後脚を結ぶラインは、外側で柔らかく張り出し、内側で引き締められ、木口の厚み変化によって陰影が豊かに移ろうように設計されています。

この造形を現実の椅子へと結実させたのが、名工ニールス・ヴォッダーの高度な木工技術でした。三方向に力がかかる接合部は、単なるほぞの強化ではなく、木目の通し方や繊維方向の読み、曲げと削りの順序など、工房ならではの総合的判断の積み重ねで成り立っています。結果として、NV45は「構造が見えない構造」を獲得し、視覚的な錯覚と実用上の強度を高次元で両立しました。

素材選択も、この椅子の性格を決定づけます。オークは端正で理知的、ウォルナットは陰影が深く彫刻性が際立ち、チークは油分による艶が曲線を柔らかく見せます。ローズウッドは導管のコントラストが強く、アームの張り出しや脚の面取りに力強さを与えます。張地はレザーで輪郭が明確になり、テキスタイルでは浮遊感がより穏やかに映ります。いずれの組み合わせでも、木部と張り部が触れそうで触れない関係を保ち、軽やかな影が座面下に落ちることで、空間に気配をつくります。

NV45は、単体で彫刻的な魅力を放ちながら、群として並べたときにも美しい秩序を保ちます。側面の揃い方、背の傾斜、アーム先端の高さが均整を生み、公共空間でも住宅でも、周囲の建築要素と干渉せずに存在感を示します。これは、ユールが建築のスケールで椅子を捉えていたことの表れであり、家具を「空間の一部」として設計する彼の思想が、細部の寸法や面の収まりにまで浸透している証左です。

今日、NV45は「モダンチェアの原型」のひとつとして語られますが、その理由は単なる歴史的先駆性に留まりません。座る前にまず目で楽しませ、触れた瞬間に曲線の意味を理解させ、座って初めて静かな安堵を与える——この三段階の体験が、造形・触感・機能の三要素を融和させるユールの方法論を、もっとも明快に伝えているからです。NV45は、時代を超えて空間に静謐と緊張感をもたらす、完成度の高い「生きたオブジェ」であり続けます。

 

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