About
Designer:Hans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)
Manufacturer:FDB Møbler(FDBモブラー)、Fredericia(フレデリシア)、GETAMA(ゲタマ)、Johannes Hansen(ヨハネス・ハンセン)、Carl Hansen & Søn(カールハンセン&サン)
Material:Beech
Size:W720 × D450 × H460 mm
Story
ピーターズチェア(CH410)は、1944年、第二次世界大戦中のデンマークで生まれました。
物資が不足し、贈り物を手に入れるのも難しい時代。家具職人でありデザイナーでもあったハンス・J・ウェグナーは、親友ボーエ・モーエンセンの長男ピーターへの洗礼祝いに、特別な椅子とテーブルを自ら設計しました。
当時、モーエンセンはデンマーク協同組合連合(FDB)の設計スタジオを率い、小さな住まいに合う、実用的で手頃な家具を提供していました。ピーターズセットのシンプルな構造と分解できるノックダウン形式は、そのFDBの考え方にぴったりと合い、戦時下の厳しい状況を逆に新しい発想のきっかけに変えていきます。
ピーターズチェアは、釘や接着剤を使わず、わずか4つの木のパーツを組み合わせるだけで完成します。精密に加工されたほぞや溝でぴたりと噛み合い、工具なしで簡単に組み立てたり分解したりできます。子どもが自分で椅子を作り上げることができるこの仕組みは、丈夫で長く使える家具であると同時に、組み立てそのものが楽しい遊びにもなります。IKEAのフラットパック家具が世界に広まるよりも10年も前に、ウェグナーはすでにこの発想を形にしていたのです。
小さな子どもが安心して使えるよう、安全性にも細やかな配慮がされています。角はすべて丁寧に丸められ、鋭い部分はありません。素材は無塗装の無垢材で、ブナやメープルといった硬くて手触りの良い木が選ばれています。手にしたときの自然な温もりは格別で、使い込むほどに色艶が増し、家族の時間を刻むように変化していきます。
この小さな椅子には、ウェグナーの「オーガニック・ファンクショナリズム」という考え方が息づいています。機能性を大切にするモダニズムと、木という素材への敬意、そしてやわらかな曲線や質感の心地よさがひとつに溶け合っています。子ども用だからといって、大人用の椅子をそのまま小さくしたわけではありません。座りやすさや安全性はもちろん、遊びながら使える楽しさも加え、成長に合わせて無理なく使えるよう細やかに設計されています。その工夫の積み重ねが、この形を生み出したのです。
発表後、FDBによって製造されたピーターズセットは、FDB(エフディービー)、Fredericia(フレデリシア)、GETAMA(ゲタマ)、Johannes Hansen(ヨハネス・ハンセン)などの様々な工房で生産され、一時期生産が途絶えましたが、1990年代後半にカール・ハンセン&サンの手で再び世に出ました。今ではウェグナー博物館にも収蔵され、その歴史的・文化的な価値が公式に認められています。戦時中の個人的な贈り物として生まれたこの椅子は、時を経ても愛され続けるデンマーク・モダンのクラシックとなり、必要性から生まれたデザインが世代を超えて魅力を放ち続けることを示しています。
わずか4つの部品でできたシンプルな構造の中に、職人の精密な技、安全性への気配り、素材の美しさ、そして人と人をつなぐ温かな物語が詰まっています。世代を超えて受け継がれ、子どもの暮らしに寄り添いながら、大人の心にもそっと響く――それがピーターズチェアの本当の魅力です。


