PP58・PP68 Last Dining Chair | ラストダイニングチェア

About

Designer: Hans J. Wegner(ハンス・ウェグナー)
Manufacturer: PP Møbler(PPモブラー)
Year: 1987
Material: Oak, Beech, Ash, Leather, Paper Cord
Size: W580 × D480(PP58)/ 470(PP68)× H700/720(SH420/440)mm


Story

PP58とPP68が「The Last Dining Chair(ラストダイニングチェア)」と呼ばれる理由は、ハンス・J・ウェグナーが生涯で最後に手掛けたダイニングチェアであることに加え、40年以上の椅子デザインの経験と技術、そして哲学が集約された「到達点」であるためです。ウェグナー自身が「これまでに得たすべての“良いところ”を盛り込んだ椅子」と語ったように、このモデルは単なる終着点ではなく、長年の探求と改良の結実といえます。

 

誕生の背景には、デンマーク国有鉄道(DSB)のフェリー客室用椅子としての依頼がありました。船舶という特殊環境では、塩害や湿気に耐える耐久性、揺れる状況でも安定して座れる構造、そして長時間座っても疲れにくい快適性が求められました。さらに、不特定多数の乗客がさまざまな姿勢で利用するため、人間工学に基づいた普遍的な座り心地も不可欠でした。最終的にフェリーでは別モデル(PP208)が採用されたものの、この設計過程で培われた耐久性と快適性はPP58とPP68に受け継がれ、家庭用に最適化されました。

 

デザインの特徴としてまず挙げられるのは、背もたれからアームへと滑らかに連続する有機的な曲線です。これは単に美しいだけでなく、背中と腕を自然に支える構造的役割を果たし、深く座った時も浅く腰掛けた時も心地よく体を預けられる形状になっています。笠木(背の上部)はわずかに後方に傾けられ、背もたれ全体が包み込むようにカーブし、姿勢を問わず快適さを提供します。

 

アームレストは短めに設計され、ダイニングテーブルの天板下にすっきり収まります。これにより、限られた空間でも圧迫感がなく、着座・立ち上がりが容易になります。また、立ち上がる際の支えにもなり、日常動作への配慮が感じられます。PPモブラーの精緻な木工技術による脚部の接合部は、美観と強度を両立しており、脚先にかけてわずかに絞られたテーパード形状は軽快さと安定感を同時に実現しています。

座面素材はPP58がレザー、PP68がペーパーコードで、それぞれ異なる魅力を持ちます。レザーは使い込むほど柔らかく馴染み、深い色艶が増す経年変化を楽しめます。一方ペーパーコードは使用者の体型に合わせて徐々に形が変わり、包み込まれるようなフィット感が生まれます。どちらも素材の質感や変化を味わいながら長く愛用できる仕様です。

 

全体としてPP58とPP68は、公共施設にも耐えうる強度と、家庭空間に自然に溶け込む軽やかな佇まいを併せ持ち、視覚的軽快さと構造的安定性を高次元で両立させたデザインです。ラストダイニングチェアという呼称は、その完成度と普遍性、そしてウェグナーの生涯の仕事を象徴する存在感に裏打ちされています。

PAGE TOP