Per Kirkeby | ペル・カーケビー


Story

ペル・カーケビー(1938–2018)は、デンマークを代表する現代アーティストであり、地質学者としての学問的背景を芸術に融合させた稀有な存在です。彼の作品は、自然科学の厳密な知識と絵画や彫刻における豊かな感情表現を結びつける点で独自性を持っています。特に、堆積や成層といった地質学の概念を、絵画のレイヤーや彫刻の構造に変換するアプローチは、彼の芸術哲学の中核を成しています。

学生時代に地質学を専攻したカーケビーは、グリーンランドや北極圏でのフィールドワークから、スケール感や時間の感覚を深く身につけました。こうした経験は後の大作キャンバスやレンガの彫刻に反映され、自然現象と人間の創造行為を結びつける表現へと発展しました。彼は絵画を「地層の積み重ね」に喩え、そこに亀裂や不整合が含まれることをも芸術的価値として提示しました。

1960年代にはフルクサス運動や実験的アートスクールに関わり、コラージュやパフォーマンス、オーバーペインティングといったメディア横断的な表現を試みました。これにより、芸術の「狭い個人的領域」を超える共同的かつ開放的な制作態度を確立しました。その後のキャリアでは、抽象と具象、自然と建築、芸術と科学といった相反する要素を常に統合しようとする姿勢が見られます。

彼の活動は絵画と彫刻にとどまらず、詩や美術批評の執筆、映画製作、さらには教育活動にも及びました。ラース・フォン・トリアー監督の映画タイトルシークエンスを手がけたことは、彼の柔軟な感性と協働精神を示しています。国際的にも高い評価を受け、ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタへの参加、テート・モダンでの回顧展を通じて、その地位を不動のものとしました。

カーケビーの遺産は、単なる「新しい表現主義」の画家に留まらず、戦後モダニズムと現代美術を架橋する存在として位置づけられます。彼の多分野にわたる実践は、芸術が自然や歴史、社会と絶えず対話しうることを証明し、現代アートにおける知的かつ感覚的な深みを切り拓いたのです。


About

Year:1938–2018
Place:Copenhagen(コペンハーゲン)
Museum:Tate Modern(London)、Centre Pompidou(Paris)、Museum of Modern Art(New York)、Metropolitan Museum of Art(New York)、Louisiana Museum of Modern Art(Humlebæk)


History

1938:コペンハーゲンに生まれる
1957:コペンハーゲン大学で地質学の研究を開始
1960:グリーンランド探検に参加し、自然とスケール感に関心を深める
1962:コペンハーゲンの実験的アートスクール(Eks-skolen)に入学
1965:オーバーペインティングを開始し、ポップアート的要素を取り入れる
1973:コペンハーゲンで初の個展を開催、最初のレンガの彫刻を制作
1976:ヴェネツィア・ビエンナーレでデンマーク代表を務める
1981:ブロンズ作品の制作を開始
1982:ドクメンタ7に参加し、国際的評価を確立
1985:ニューヨークでの展示で大規模な絵画が注目を集める
1990年代:ネオ表現主義的なスタイルで国際的にブレイクスルーを達成
1995:『コンスタンティノープルの陥落』を発表し高い評価を得る
1996:ラース・フォン・トリアー監督『奇跡の海』のタイトルシークエンスを制作
2000:『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の映像に関わる
2005:フランクフルトのシュテーデルシューレで教授を務める
2009:ロンドンのテート・モダンで大規模な回顧展を開催
2010:デンマーク王国勲章の騎士に叙される
2012:ワシントンD.C.のフィリップス・コレクションで回顧展開催
2015:ルイジアナ近代美術館で母国での大規模展示
2018:死去、芸術と学術を融合した独自の遺産を残す


Works

・Overpainting series | オーバーペインティング作品群
・Untitled (Helen) | 無題(ヘレン)
・Fall of Constantinople | コンスタンティノープルの陥落
・Brick Sculpture (1973) | レンガ彫刻(1973)
・Brick Sculpture (1984) | レンガ彫刻(1984)
・Bronze Sculpture series | ブロンズ彫刻作品群
・Blackboard Paintings | 黒板の絵画シリーズ
・Landscape series | 風景シリーズ
・Arctic Explorations Drawings | 北極探検のドローイング群
・Poems and Essays | 詩とエッセイ作品
・Tanker om Maleri | 『絵画についての思索』
・Overpainted Amateur Paintings | アマチュア絵画のオーバーペインティング
・Constantinople Paintings | コンスタンティノープル連作
・Brick House Sculptures | レンガによる小屋の彫刻群
・Venice Biennale Works | ヴェネツィア・ビエンナーレ出展作
・Documenta Works | ドクメンタ出展作
・Tate Modern Collection Works | テート収蔵作品群
・MoMA Collection Works | MoMA収蔵作品群
・Film Sequences for Lars von Trier | ラース・フォン・トリアー映画タイトル映像
・Late Large Canvases | 晩年の大規模キャンバス作品

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